日本大百科全書(ニッポニカ) 「微生物遺伝学」の意味・わかりやすい解説
微生物遺伝学
びせいぶついでんがく
microbial genetics
微生物を研究材料として用いる遺伝学の一分野。1941年にアメリカのビードルとテータムが、子嚢(しのう)菌の一種であるアカパンカビを用いた生化学的突然変異の研究を発表してから急速に発展した。微生物種としてはアカパンカビや酵母など菌類のほか、大腸菌、サルモネラ菌、枯草菌など細菌類、バクテリオファージやタバコモザイクウイルスなどウイルス類が多く用いられる。研究目的によっては、ゾウリムシやテトラヒメナなど原生動物や、クラミドモナスやミドリムシなど藻類が用いられることもある。
微生物は細胞一世代の期間が短く、一定の環境条件下で、短時間に多数の細胞集団を得ることができ、生化学的研究や突然変異研究が容易である。また、交雑によって得られる多数の子孫細胞を解析でき、各種の遺伝学的研究が精密に行われる。このような利点から、微生物遺伝学では、生化学的突然変異体を用いた酵素や核酸などの作用機構の研究、遺伝子微細構造の研究、遺伝子作用の研究、遺伝暗号の解読実験、調節機構の研究、組換え機構の研究、遺伝子工学実験など、遺伝学のほとんどすべての分野の研究が行われ、多くの成果が得られている。微生物遺伝学研究の多くは生化学的であり、分子レベルの研究を含むので、遺伝生化学や分子遺伝学研究の多くと重複しているといえる。
[石川辰夫]