腸内細菌科に属する細菌の1属。サルモネラ・コレレスイスS. choleraesuisの1種だけが認められている。サルモネラ・コレレスイスは生化学的性状により、(1)S. choleraesuis subsp. choleraesuis、(2)S. choleraesuis subsp. salamae、(3)S. choleraesuis subsp. arizonae、(4)S. choleraesuis subsp. houtenae、(5)S. choleraesuis subsp. bongoriの5亜種に分類される。また、亜種を血清学的に分類し、多くの血清型がある。便宜上、この血清型を種のように表現して記述し、使用している。たとえばチフス菌は、S. choleraesuis subsp. choleraesuis serovar. typhiであるが、S. typhiのように記載される。
グラム陰性の桿菌(かんきん)で、0.7~1.5×2~5マイクロメートル(1マイクロメートルは100万分の1メートル)。周鞭毛(べんもう)で活発に運動、胞子(芽胞(がほう))は形成しない。莢膜(きょうまく)様物質を細胞外側にもつ菌もある。大腸菌群と異なり乳糖を分解しない。多くの菌株は含硫アミノ酸を分解して硫化水素を発生する。クエン酸を炭素源として利用できる。
腸内細菌としては比較的抵抗性が強く、体内からヒトの生活環境中に放出されても、比較的長く生存する。井戸水のなかでは2~3週間、糞便(ふんべん)内では1~2か月、氷中では3か月程度生存する。なお、60℃では10~20分間で死滅、5%フェノール溶液(消毒薬)では5分間で死滅する。
[曽根田正己]
サルモネラ菌の宿主(しゅくしゅ)(寄生対象となる生物)域は広く、多くの種類の動物に感染する。ヒトにチフス症をおこすのは、チフス菌S. typhi、パラチフス菌S. paratyphiがある。食中毒菌としては、サルモネラ腸炎菌(ゲルトネル菌)S. enteritidis、ネズミチフス菌S. typhimurium、豚(とん)コレラ菌S. choleraesuisがある。
腸チフスはチフス菌の経口感染によっておこる。患者や保菌者から直接間接に伝染する。小腸回盲(かいもう)部に到達し、腸壁リンパ節を経て血流に入り菌血症をおこす。このとき40℃程度の高熱が持続し、皮膚にバラ疹が出る。チフス菌は胆汁を通じて腸内に戻り、腸管内に病変をおこす。このときには糞便中や尿中から菌を排出する。腸出血によって死の転帰をとることがある。感染後3週間で抗体ができ回復する。回復後も排菌は続くので注意を要する。
パラチフスはパラチフスA菌の経口感染によっておこる。菌血症となり高熱を発する伝染病であるが、腸チフス症のように重症にはならない。
サルモネラ食中毒はサルモネラ腸炎菌、ネズミチフス菌、豚コレラ菌などによっておこる。食物を介しての中毒であって、ヒトからヒトへの感染はない。通常、食物中に104以上の菌がいなければ食中毒がおこることはない。感染型食中毒で潜伏期は比較的長く、10~72時間、発熱、頭痛、急性胃腸炎、虚脱などの症状をおこす。世界的にみると本菌による食中毒はもっとも頻度が高いので注意が必要である。感染源は鶏卵、ニワトリ、ブタ、ウシ、シチメンチョウ、カモなどの肉、乳、卵が多い。ネズミによって汚染された食物によってこの食中毒がおこる報告もある。
腸チフス、パラチフスなど感染症の治療にはクロラムフェニコール、テトラサイクリン、アミノベンジルペニシリンなどが有効である。
[曽根田正己]
本菌は広く一般に「サルモネラ菌」と呼称されているが、「サルモネラ」は属名であり、その属に含まれる複数種を表すものである。すなわち、通常「○○菌」との呼称は「種名」に対してなされるものであり、その見地からは、「サルモネラ菌」はかならずしも適切ではなく、学術的には「サルモネラ」あるいは「サルモネラ属菌」と表されることが多い。
[浦上 弘 2022年2月18日]
『坂崎利一・田村和満著『腸内細菌 上 概論 Salmonella属』第3版(1992・近代出版)』
腸内細菌科に属する病原性の細菌の1属で,腸チフス,パラチフスおよび多くの食中毒の病原菌を含む。サルモネラ菌による感染症はサルモネラ症と総称される。グラム陰性で,胞子を形成しない好気性または通性嫌気性の杆菌である。普通培地上で容易に培養される。少数の例外を除き,鞭毛をもち,それによって活発に運動する。形態学的には大腸菌などの他の腸内細菌にたいへんよく似ている。しかし病理学的な必要性から,細菌がもつ抗原の特徴に基づいて,非常に多くの種に分類されている。サルモネラ菌の正確な菌種の決定は,これらの抗原に対する血清学的な方法で行われるが,このとき用いられるのがカウフマン=ホワイトの抗原表である。サルモネラ菌は病原性の点から,人間にチフス性疾患を引き起こす腸チフス菌やパラチフス菌などのグループ,人間に食中毒,胃腸炎を引き起こすグループ,他の動物に病原性をもっているグループなどに分けられる。サルモネラ菌の毒素は他の腸内細菌と同じく,エンドトキシンであり,本体は細胞壁の外膜を構成している多糖リン脂質複合体である。
→腸内細菌
執筆者:川口 啓明
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(今西二郎 京都府立医科大学大学院教授 / 2007年)
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…サルモネラ菌によって起こる感染症の総称であるが,同じサルモネラ菌に属するチフス菌とパラチフス菌(A,Bなど)によるものは,それぞれ腸チフス,パラチフス(いずれも法定伝染病)という独立した疾患として別に取り扱われている。 チフス菌,パラチフス菌以外のサルモネラ菌は家畜や家禽に広く分布し,肉,卵,乳およびその加工品などがこの菌でかなり汚染されている。…
※「サルモネラ菌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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