徳久恒敏(読み)とくひさ つねとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳久恒敏」の解説

徳久恒敏 とくひさ-つねとし

1846-1877 幕末-明治時代の武士,士族
弘化(こうか)3年3月生まれ。肥前佐賀藩士徳久恒範(つねのり)の弟。戊辰(ぼしん)戦争では奥羽鎮撫(ちんぶ)総督の使番役として東北地方で転戦。維新後佐賀県に出仕。明治7年佐賀の乱に敗れ,石井貞興(さだおき)と鹿児島にのがれる。10年西南戦争で薩摩(さつま)軍にくわわり,4月6日八代の萩原戦死。32歳。通称は幸次郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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