徳原村(読み)とくはらむら

日本歴史地名大系 「徳原村」の解説

徳原村
とくはらむら

[現在地名]緑町中条徳原(ちゆうじようとくはら)

中筋(なかすじ)村の西、初尾(はつお)川西岸にある。慶安年間(一六四八―五二)に中筋村から分村し、明暦年間(一六五五―五八)今田某が村の東部に居住して田圃を開いたという(味地草)。正保国絵図にみえる中筋村之内初尾村が当村にあたるか。天保郷帳では高八〇石余。元禄五年(一六九二)には物部組(「庄屋組及庄屋名簿」岩村家文書)、近世後期には中筋組に属した(反別戸数取調書)。


徳原村
とくはらむら

[現在地名]土山町徳原

市場(いちば)村の西にあり、南を野洲(やす)川が西流する。集落は東海道に沿って街村をなす。慶長五年(一六〇〇)幕府領。元禄郷帳では宮川藩領と旗本堀田領。天明村高帳では旗本堀田領と丹後宮津藩領の相給となる。寛永石高帳では高二七五石余、慶安二年書上による内訳は田一四五石余・畑屋敷四二石余・永荒川欠道成八七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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