徳大寺実通(読み)とくだいじ さねみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「徳大寺実通」の解説

徳大寺実通 とくだいじ-さねみち

1514*-1545 戦国時代の公卿(くぎょう)。
永正(えいしょう)10年12月21日生まれ。徳大寺公胤(きんたね)の子。正二位。権(ごんの)大納言,右近衛(うこんえの)大将をかねる。天文(てんぶん)14年越中(富山県)礪波(となみ)郡にあった徳大寺家の荘園般若野荘(はんにゃのしょう)へ視察におもむいた際,同年4月9日在地の武家,荘民により殺害された。33歳。初名は実規(さねのり)。

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367日誕生日大事典 「徳大寺実通」の解説

徳大寺実通 (とくだいじさねみち)

生年月日:1513年12月21日
戦国時代の公卿
1545年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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