徳定(読み)とくじよう

日本歴史地名大系 「徳定」の解説

徳定
とくじよう

[現在地名]美祢市伊佐町伊佐 徳定

伊佐市(いさいち)の南、桜(さくら)山の北麓にある集落。

徳定の人々は代々売薬製造と販売を業としたが、「注進案」は、花山法皇に供奉した本間道兼と内田米久なる者の子孫が当地に住して売薬の製造を始めたことによるとする。その後、陰陽道と医薬業を生業とし、世に下医者と称されたという。延享二年(一七四五)の覚書によると、戸数六二で、うち医者二〇人、売薬製造一七人とある。宝暦二年(一七五二)より置薬の法を始め、防長両国はもちろん、遠国まで巡回して伊佐売薬の名を高めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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