日本歴史地名大系 「徳蔵村」の解説
徳蔵村
とくらむら
江戸時代を通じて笠間藩領で、「寛文朱印留」に村名が載る。「郡官日省録」(武藤家文書)によると慶安二年(一六四九)の検地では村高三三〇・三二七石となり、万治三年(一六六〇)と延宝四年(一六七六)の新開検地で合せて二七石余を打出す。
徳蔵村
とくぞうむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
江戸時代を通じて笠間藩領で、「寛文朱印留」に村名が載る。「郡官日省録」(武藤家文書)によると慶安二年(一六四九)の検地では村高三三〇・三二七石となり、万治三年(一六六〇)と延宝四年(一六七六)の新開検地で合せて二七石余を打出す。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報