日本歴史地名大系 「志度庄」の解説
志度庄
しどのしよう
現志度町志度を遺称地とし、一帯に推定される。「玉葉」治承五年(一一八一)七月二四日条に「
付静賢
了、最勝光院領也」とあり、詳細は不明であるが当時すでに京都
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現志度町志度を遺称地とし、一帯に推定される。「玉葉」治承五年(一一八一)七月二四日条に「
付静賢
了、最勝光院領也」とあり、詳細は不明であるが当時すでに京都
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…間川地区と大串半島の観光開発も進んでいる。【赤池 享一】
[歴史]
志度寺の創建は9世紀ごろといわれているが,地名としては1213年(建保1)に〈志度庄〉として出てくるのが初出である。室町時代には志度寺は讃岐守護細川氏より寺領を安堵された。…
※「志度庄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
1/28 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新