日本歴史地名大系 「志気村」の解説 志気村しげむら 佐賀県:東松浦郡北波多村志気村[現在地名]北波多村大字志気徳須恵(とくすえ)川の右岸、甲城(かぶとじよう)(一三〇メートル)南山麓の台地に位置する村。東に六夜待(ろくやまち)、南に川頭(かわがしら)・高尾の辻(たかおのつじ)の丘陵があり、村の中央を徳須恵川の支流志気川が流れる。甲城頂上付近と中の瀬(なかのせ)一帯に打製黒曜石やサヌカイトの石鏃・石匙が多数散布しており、縄文期の土器の破片も発見される。集落のある地域からは弥生期の土器や土師器・須恵器・瓦器などの破片も出土する。地名の起源として、源為朝が御都築(みつぎ)に館を構えた時、「士気を鼓舞する所」といったことによると伝えられる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報