志苔村(読み)しのりむら

日本歴史地名大系 「志苔村」の解説

志苔村
しのりむら

[現在地名]函館市赤坂町あかさかちよう志海苔町しのりちよう瀬戸川町せとがわちよう

近世から明治三五年(一九〇二)までの村。松倉まつくら川の東側、志苔川(志海苔川)流域にあり、南は津軽海峡。一四世紀には志濃里しのり館が築かれていた(「新羅之記録」など)。近世は東在の村で、元禄郷帳に「しのり村」、天保郷帳に志苔村と記される。シャクシャインの戦に関連して「津軽一統志」の「松前より下狄地所付」に「一 しのり 澗あり 家二十四、五軒から家有 一 黒岩 家七軒」「しりのりの入江、西風又は嵐にて船出す」などとみえる。享保二年(一七一七)の「松前蝦夷記」によると、「亀田村志野利浜」から内浦岳(駒ヶ岳)前浜までが昆布の産地で、献上昆布は「志野利浜宇加ト申所之海取分」であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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