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応劭 おうしょう Ying Shao

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

応劭
おうしょう
Ying Shao

中国,後漢末の学者。汝南 (河南省) の人。泰山の太守となる。『漢官儀』『風俗通』を著わし,また『漢書』に注を施した。

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世界大百科事典 第2版の解説

おうしょう【応劭 Yīng Shào】

中国,後漢末の学者。生没年不明。字は仲遠。汝南(河南省)の人。博学にして,霊帝(在位167‐189)のときに孝廉に挙げられ,累進して泰山太守となる。黄巾を破って功があり,献帝のときには袁紹の軍謀校尉となる。ときに後漢末の戦乱により,書籍や記録類が多く散逸してしまったことを嘆き,聞くところを綴って《漢官》《礼儀故事》などを著した。彼の著述はすべて136編にのぼるといわれるが,事物の名称を論じ,世俗の誤りを正した《風俗通義》や《漢書》に注解した仕事などは高く評価されている。

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世界大百科事典内の応劭の言及

【淫祠邪教】より

…こうした祀典の整備,淫祀(淫祠)の観念の確立に,儒教による思想統一があずかって力があったことはいうまでもない。後漢の応劭(おうしよう)は《風俗通義》において,巻八に〈祀典〉,巻九に〈怪神〉を列挙し,怪神の項では,城陽景王祠,鮑君神などの淫祠を取り上げ,民間の祠廟信仰の様子を伝えている。淫祠のなかには,たとえば南朝の項羽神のように,広範な民衆の信仰を得たために,陳の時代には国家に享祀されたという場合もあるが,多くは国家や地方官の禁圧に遭い,盛衰を繰り返した。…

【反切】より

…反切の起源については,顔之推の《顔氏家訓》が漢末の孫炎(普通には魏の孫炎)の《爾雅音義》をそのはじめとしたことによって,唐代に武玄之《韻銓》や景審の慧琳《一切経音義》序に後漢の服虔(ふくけん)が反切を作ったという説がみえはするものの,清朝末に至るまで孫炎説が支配的であった。章炳麟(しようへいりん)が《国故論衡》(1910)巻上の〈音理論〉において,《漢書》地理志の広漢郡,遼東郡の注にみえる後漢の応劭(おうしよう)の反切を指摘するや,反切の起源は《漢書》に対する服虔,応劭の注にさかのぼると考えられるようになる。ただし,約1世紀前に郝懿行(かくいこう)が《反語攷》(《曬書堂(さいしよどう)文集》巻七)において,すでにより詳しくこれを指摘している。…

【風俗通義】より

…中国古代の,事物や名称の意義を検討し,俗説や邪教を糾正した書。著者は後漢の応劭(おうしよう)。もと31編であったというが,現存するのは10編。…

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