翻訳|liturgy
神への公的礼拝のこと。家庭内または個人の祈禱は典礼に含めない。典礼は,神と人間の出会いの場としてどの宗教にも存在し,宗教の本質的部分をなす。ここではキリスト教の典礼について述べる。
典礼は,キリスト教の信仰共同体である教会の儀礼の総称で,その中心は,主日(日曜日)の礼拝集会であるが,キリスト者の生涯の重要な時期にあたっても種々の典礼が行われる。典礼の原語はギリシア語leitourgiaであり,15世紀にラテン語をはじめ西欧の諸言語に入ったもので,語源から見て会衆の共同の業(わざ)であることが示されている。なお東方正教会では,leitourgiaはもっぱらミサの意で用いられる。日本語の〈典礼〉は,中国語からきたもので,漢和辞典には普通〈典法礼儀の略〉とされ,共同体の意味は乏しい。しかし〈典〉は書物であるから,キリスト教では聖書を表し,〈礼〉は人のふみ行うべき神への奉献を意味するから,キリスト者の典礼の中心であるミサが〈ことばの典礼〉と〈感謝の典礼〉から成っていることをよく表している。教会はギリシア語でekklēsia(〈集会〉の意)と呼ばれるように,呼び集められた神の民であり,典礼はこの神の民が神の業を記念し,神にささげる共同の奉献であり信仰告白であるが,この呼び集める力,思い起こし記念する力,ささげる力,あかしする力は聖霊の力と考えられる。典礼におけるこの聖霊の働きは,エピクレシスepiklēsis(呼び求める力(こと))と呼ばれ,秘跡(サクラメント)の効果は,一定のことばとしるしのもとにおけるこの聖霊の働きの成果にほかならない。典礼は,東方正教会で〈奉神礼〉と呼ぶように,神にささげる礼拝であるから〈神奉仕〉ともいわれるが,同時にこれは,神が人間に働きかけ,奉仕することも意味している。要するに,典礼は,人間が集まって行う礼拝集会であるが,これを行わせるのは神の力であるから神の業opus Deiと解される。ここに人間の宗教の客観性と普遍性とがあり,キリスト教の儀礼である典礼はこのことに基づいている。典礼は,一定のことばとしるしをもって行われる秘跡を中心とする神の業の記念祭儀であるから,言語文化圏,さらに風土や民族の伝統の相違および生活環境におけるさまざまなシンボルや感覚の相違によって異なった典礼様式を生じる。
キリスト教の儀礼である典礼は,神話とそこに含まれる祖型の想起ではなく,受肉して人類の頭(かしら),歴史の中心となったキリストの記念祭儀である。その起源は,〈最後の晩餐〉にあたって〈わたしの記念としてこれを行いなさい〉(《ルカによる福音書》22:19,《コリント人への第1の手紙》11:24)と命じたキリストのことばによる。弟子たちはこれを守り,キリストの復活が信じられるようになった主の日(日曜日)に礼拝集会をもってパンを割き,主の晩餐を祝うようになった。これがやがてエウカリスティアとか,ミサなどと呼ばれるようになった感謝の祭儀の起りである。その際,受難と死を通して復活の栄光に入った主の過越(すぎこし)が記念されるが,1年に1度盛大に祝う復活祭を中心に1年を周期として,キリストの生涯のおもなできごとを記念するため,福音書をはじめ新約聖書が編集され,聖書朗読を中心とすることばの典礼が行われるようになった。さらにこの聖書の朗読個所が一定化し固定してゆくにしたがって,それぞれの祝日や典礼季節に固有な色彩(典礼色)が顕著になり,典礼暦年が明らかにされ,教会暦が発達した。
典礼は,ことばとしるしによるキリストの救いの業の記念祭儀であるから,これが一定の形をとって具体化されると,成文化された典礼文や定式化された儀式ができる。その最古のものは,ヒッポリュトスの《使徒伝承》(215)で,新約聖書と同じギリシア語で書かれたものであるが,原文は知られていない。しかしラテン語をはじめ幾つかの翻訳書と,原文からの翻案を含む典礼書や教会規律の書物が残っている。これらの種々の言語の典礼文と儀式を時代の流れに沿って比較検討してみると,それぞれの言語文化圏によって独自の典礼様式が形成されていったことがわかる。これらの文化圏による典礼様式を大別すれば,アレクサンドリアを中心とするエジプトのコプト典礼とエチオピアの典礼,アンティオキアを中心とするシリア語系の典礼(ここにはヤコブ派,マロン派,ネストリウス派の典礼も含まれる),コンスタンティノープルを中心とするビザンティン典礼(スラブ語典礼もこれに属する)などが一般に東方典礼と呼ばれている。これに対してローマをはじめ,北西アフリカ,ガリアなどに広がったラテン語の典礼を西方(ラテン)典礼と呼ぶ。これにはスペインのモサラベ典礼,アンブロシウスの典礼なども含まれる。ローマではヒッポリュトスの時代はまだ聖書のギリシア語が典礼に使われていたが,380年代にはもう奉献文にラテン語が使われている。しかし中世にはこれがローマ文化とともに西欧全土に及び,特にグレゴリウス秘跡書の普及によって民族語の典礼文の発達が妨げられる結果になった。ラテン様式の典礼書には,秘跡書(サクラメンタリウム)と定式書(オルド)のほかに,ミサ典礼書,司教典礼書,儀式書,聖務日課書(時禱書)などもつくられ,儀式には(例えば祭服の様式や典礼色などに)ヨーロッパの風土や民族の風俗習慣と結ばれた作法や信仰の影響がみられるが,典礼文はラテン語に限られたので,一般大衆の典礼理解を著しく阻むことになった。そのため迷信に近い秘跡観や信仰行為さえ目だつようになった。これが宗教改革前夜における西欧教会の典礼の状況だったのである。
宗教改革に抵抗して教会の中から起こった改革は,トリエント公会議(1562)で具体化され,その決定に基づいて各種の典礼書の規範版が発行された。しかしプロテスタントの行過ぎを警戒するあまり,その誤りを正すほうに主力が注がれ,正しい提案をとり上げて典礼の基本を正すまでには至らなかった。トリエント公会議後のカトリック教会の典礼には,約400年の間大きな変化も発展もなかったが,その間に歴史的な研究と反省を基に典礼刷新の気運が典礼運動(リタージカル・ムーブメント)として盛り上がり,これが教会一致運動(エキュメニカル・ムーブメント)とあいまって,第二バチカン公会議に大きな力となったことは否定できない。この公会議は〈典礼憲章〉を発布し(1963),その中で〈典礼は教会のあらゆる活動の頂点であり,その力の源泉である〉と宣言し(10条),国語化への道を開いた(36条)。さらに新しい言語文化圏への宣教によって独自の典礼様式の生まれる可能性も暗示されている(4条)。
→典礼音楽 →ミサ
執筆者:土屋 吉正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
キリスト教の教会で司祭によって公に行われる礼拝の儀式のことである。語源はラテン語のリトゥルギアliturgia。典礼は神を崇(あが)め、人々のために神の祝福と恵みを求めるために行われるが、典礼にあずかる信者が同一の信仰を確認しあい、連帯心を強める効果をももっている。典礼は、カトリック教会、東方正教会、ルター派、改革派教会などによって、それぞれ公認された典礼書の指針にのっとって行われ、典礼書には祈り、賛美歌、聖書朗読の箇所などが記され、司式者と奉仕者のなすべきことが定められている。カトリック教会では、第二バチカン公会議(1962~63)で「典礼憲章」が決定されて、伝統的な典礼用語や作法などが大幅に改革された。バチカン聖庁には全世界のカトリック教会の典礼の実施を指導・監督する典礼省が置かれている。教会典礼のもっとも重要なものは「聖体祭儀」(ミサ聖祭)である。
[安齋 伸]
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…いわゆる芸術音楽は,ギリシアの範にならったものが支配的だったろうが,長い年月のあいだにローマ独自のものを創り出したことだろう。 313年にキリスト教が公認された直後,ミラノの司教アンブロシウスらは,東方の初期キリスト教徒たちの例にならって,典礼に歌を用いることに積極的な態度をとり,アンブロシウス聖歌として伝えられる単旋聖歌の体系の礎を築いた。しかし,アンブロシウスの弟子でもあったアウグスティヌスによる,〈歌の内容にではなくて,歌そのものに感動したときには,罪を犯したような気持になる〉という反省は,キリスト教会の長い歴史の中で,教会における音楽のあり方をめぐっての論議に際し,折にふれて思い出されることになる。…
…古来,演劇は宗教,あるいは宗教的・祭儀的なものと密接に結びついており,古代ギリシア演劇はいうまでもなく,インドのサンスクリット古典劇(インド演劇)にせよ,あるいは日本の能にせよ,濃厚に宗教的・祭儀的色彩を帯びるものであったし,この内在的伝統は今日もなお何らかの形で生き続けていると考えることができるだろう。だが演劇史的にみて,そのような〈宗教性〉を帯びた演劇が最も直接的・典型的な形で隆盛となったのは,中世ヨーロッパにおけるさまざまなキリスト教劇(典礼劇,受難劇,聖史劇,神秘劇,奇跡劇など)の場合であり,今日,〈宗教劇〉という語が用いられる場合に,固有名詞的にこれらを総称していうのが普通である。 中世ヨーロッパにおけるキリスト教宗教劇は,概括していえば,イエス・キリストの生誕,受難,復活などのそれぞれの場面や,それら場面の連続,あるいはその生涯の全体,また,使徒や聖者の言行,さらには旧約聖書中の物語,エピソードなどを劇化したものであるが,それはもともと,10世紀初めころに,復活祭典礼の交誦(こうしよう)tropusから発生したといわれている。…
※「典礼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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