急性呼吸促迫症候群と急性肺損傷

内科学 第10版 の解説

急性呼吸促迫症候群と急性肺損傷(呼吸器系の疾患)

定義・概念
 急性呼吸促迫症候群(acute res­piratory distress syndrome:ARDS)と急性肺損傷(acute lung injuryALI)は,先行する基礎疾患に伴う侵襲の結果生じる肺胞領域の非特異的な病変で,肺の炎症と透過性亢進を特徴とする臨床症候群である.診断基準として急性発症,低酸素血症,胸部X線にて両側性の浸潤陰影,心不全の否定,の4項目があげられる(表7-8-1).
分類
 表7-8-1にみられるように酸素化の程度の重いものすなわち,PaO2/FIO2≦200 mmHgのものをARDSと定め,PaO2/FIO2≦300 mmHgのものをALIと定める.
 先行する基礎疾患の種類により肺自体を傷害する直接損傷と肺以外の疾患に起因する間接損傷とに分ける(表7-8-2).通常「○○によるARDS」などと基礎疾患とともに記載する.またいくつかの病態では基礎疾患によって独自の名称が用いられる.ショック肺,高地肺水腫,脂肪塞栓症候群,輸血関連肺障害などである.
原因・病因
 発症機序の概要を,Gram陰性桿菌による敗血症を例として図7-8-1に示した.細菌の細胞壁のエンドトキシン(リポ多糖,lipopolysaccharide:LPS)が血液中に放出されると,LPSは血液中のLPS結合蛋白(LBP)と結合した後,単核食細胞などの受容体(CD14)に結合し,さらにトール受容体(TLR-4)を介して細胞内にシグナルを伝達する.細胞内ではNF-κBを活性化させて,急性期炎症性サイトカインやメディエータの産生を促す.
 これらのメディエータは血液を介して肺などの血管内皮細胞に直接作用するとともに,好中球の接着,遊走,活性化をきたし,局所で活性酸素,蛋白分解酵素,脂質メディエータなどを放出させて組織傷害を引き起こす.肺は毛細血管網が豊富で,好中球集積もきたしやすいため標的臓器になりやすい.同様の反応がほかの臓器でも同時に起きれば,多臓器障害(multi-organ failure:MOF)になる.またこれらの主反応経路のほかにも,LPSが線維芽細胞や上皮細胞に作用する副反応経路も推定されている.
 一方,肺炎などの直接肺損傷の場合にも,肺胞マクロファージを活性化して流血中から肺内へ好中球の遊走と集積・活性化をきたす.その過程で肺胞毛細間膜が傷害され,透過性亢進が生じる.さらに肺内の炎症性サイトカインは流血中へと放出され,間接的肺損傷と同様の機序で肺やほかの臓器の組織傷害をきたす.
疫学
 海外でのARDS発症頻度は人口10万人あたり年間15.3〜64.0人,ALIの発生頻度は34〜86.2人とされる.これらの高い数値を全米に当てはめると,年間19万人がALIを発症し,7.45万人が死亡すると推定される.わが国ではこの頻度より少ないと推定されている.
病理
 ARDSは病理学的にびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage:DAD)である.DADは呼吸不全発症からの経過に従って,浸出期(3~7日),増殖(器質化)期(7~21日),線維化期(21~28日以降)とに分けられる.それぞれの病期の特徴を表7-8-3に示した.
病態生理
 ARDSの発症早期の病態は透過性肺水腫と肺の炎症であり,肺胞腔への浸出液の貯溜と細胞浸潤が起きる.肺水腫は重力効果と静水圧の影響で下肺野や背側に強く発現する(図7-8-2,7-8-3).一方,肺サーファクタントは浮腫液による希釈,もしくはⅡ型肺胞上皮細胞の傷害による産生低下のために欠乏し,肺胞虚脱が進んで静肺コンプライアンスは低下する.
 広範な肺水腫と肺胞虚脱の結果,肺内シャントが発生し,酸素吸入に抵抗性の低酸素血症が生じる.炎症性メディエータの作用や低酸素性血管攣縮も生じるため,換気分布の異常が生じ,気道抵抗の上昇も起こって,さまざまな程度で換気・血流比不均等分布や拡散障害が生じて,ガス交換障害を増悪させる.
臨床症状
 自覚症状と他覚症状: 患者は呼吸促迫の状態となり,表情は苦悶状,呼吸は努力性となり,チアノーゼを呈する.不安と呼吸困難のためしばしば不隠となる.しばしは起座位をとるが,心不全ほど著明ではない.ピンク泡沫状の痰を喀出し,気管支呼吸音は増強し,不連続音が聴取される.
検査成績
 低酸素血症はベッドサイドでSpO2の低下として認められる.動脈血ガス分析ではⅠ型呼吸不全,すなわちPaCO2が蓄積しない低酸素血症であるが,進展するとPaCO2の蓄積も起こり得る.O2投与にもかかわらずPaO2の上昇が少ないことがALI/ARDSの特徴である.
 血液検査で白血球数の増加,CRPの上昇,LDHの上昇などが全身性の炎症と肺損傷を反映する.BNP≦200 pg/mLであれば,心エコーの結果などと合わせて左心不全の否定につながる.今日,ベッドサイドの右心カテーテル検査は行わない.
画像検査(表7-8-3)
 病初期の画像所見は病理の浸出期を反映し,初期の間質性肺水腫の時期では,気管支血管束の腫大(cuff),Kerley A,B,C lines(小葉間結合織の浮腫性肥厚)などがみられる.肺胞性肺水腫になると肺胞充満性陰影が肺門を中心として出現し,蝶形陰影(butterfly shadow)となる(図7-8-2).またこの時期にはCTの濃厚陰影は背側に偏って分布する(図7-8-3). 病変が進行して次第に線維化が起こり,肺の容積減少,網状影,牽引性気管支拡張を示しながら肺構造の歪みが出現する.線維増殖性変化の進行とともに陰影は全肺野に広がる.
診断・鑑別診断
 基礎疾患に引き続いて,表7-8-1の4項目が満たされればALIもしくはARDSと診断する.臨床的に鑑別が必要とされる疾患を表7-8-4にまとめた.この中で,心原性肺水腫と癌性リンパ管症は疾患の定義から鑑別が必須である.過敏性肺炎,急性好酸球性肺炎,びまん性肺胞出血,その他の疾患についても,基礎疾患や原因の治療を考えると鑑別診断が重要である.
合併症
 呼吸循環系合併症として,循環不全(ショック),人工呼吸器関連肺炎(人工呼吸開始48時間後に発症した院内肺炎),エアリーク(気圧外傷(barotrauma)ともよばれる気胸,縦隔気腫,囊胞形成など),人工呼吸器関連肺損傷(人工呼吸による肺胞の過膨張と虚脱再膨張に伴う損傷),肺の線維化,肺高血圧症,高濃度酸素による肺損傷などがある. 全身性の合併症として,播種性血管内凝固症候群,多臓器不全,敗血症性ショックなどが急性期にみられる.
経過・予後
 ARDSの死亡率は40~50%とされる.肺保護換気(後述)の臨床応用が広まった1990年頃から徐々に死亡率は低下したとされる.直接死因は呼吸不全でなく,敗血症などの感染症と多臓器不全などが多い.予後因子としては,感染症,多臓器不全,高齢,臓器移植者,慢性肝疾患,HIV感染,悪性腫瘍の合併などがあげられる.
治療
1)薬物療法:
わが国ではステロイドパルス療法として,メチルプレドニゾロン1 g/日を3日間投与し,以後漸減する治療が行われている.ARDS全般には有効性が証明されていないが,ニューモシスチス肺炎や薬剤性肺障害,急性好酸球性肺炎など一部の原因によるARDSでは有効であることで容認されている.副腎皮質ステロイド治療は糖尿病と感染症を誘発することに注意する. 好中球エラスターゼ阻害薬のシベレスタットは,ARDSに保険適応がある.生存期間の延長には寄与しないものの,ガス交換障害と人工呼吸からの早期離脱に効果が認められた.
2)呼吸管理:
呼吸管理の基本は人工呼吸関連肺損傷を避ける肺保護換気法である.肺保護の考え方は①低容量換気を用いて肺の過伸展を避け,気道内圧を低く維持する,その範囲内で②呼気終末陽圧(positive endexpiratory pressure:PEEP)を加え肺胞虚脱を避ける,この結果として肺胞換気量の低下,すなわち③PaCO2の上昇を許容し,一方④高濃度酸素による肺損傷を回避する,そして⑤自発呼吸を温存する.酸素化の目標はSpO2>89~92%,PaO2>60mmHgであり,一般的な換気条件を表7-8-5にまとめた. 呼吸不全が比較的軽症で,一過性の呼吸補助でよいと予測される際は非侵襲的陽圧換気(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)も考慮されるが,ARDS治療として予後改善効果は一定しない. ARDSが回復して人工呼吸から離脱する条件を表7-8-5に示した. 人工呼吸では随伴して多くの病態がみられ,その管理がARDSの治療成績を決定するともいえる.人工呼吸器関連肺炎(ventilator-associated pneumonia:VAP)には口腔内の清潔や閉鎖式吸引カテーテルの使用が推奨される.治療は経験的な抗菌薬投与による.エアリークは陽圧換気に起因するもので,気道内圧を下げて対応する.[金澤 實]
■文献
Bernard GR, Artigas A, et al: The American-European consensus conference on ARDS. Definitions, mechanisms, relevant outcomes, and clinical trial coordination. Am J Respir Crit Care Med, 149: 818-824, 1994.
日本呼吸器学会ARDSガイドライン作成委員会編:ALI/ARDS診療のためのガイドライン,第2版,秀潤社,東京,2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報