内科学 第10版「肺水腫」の解説
肺水腫(肺循環障害の臨床)
定義
肺水腫は肺血管外での異常な液体貯留と定義される.
発症機序
肺微小血管での水分平衡はStarlingの式により規定される. Qf=Kf(ΔP−σΔπ)
ここで,Qf:血管外へ流出する体液量,Kf:濾過係数,ΔP:微小血管内外の静水圧差 σ:蛋白質に対する反撥係数,Δπ:微小血管内外の膠質浸透圧差. 水腫液の排出機構として,リンパ系,肺・気管支循環系,胸腔,縦隔,気管支系がある. 水腫液が増加し排出が間に合わないと肺水腫となる.
初期には間質性,次いで肺胞性肺水腫へと進展する.
分類
発症機序から,①静水圧性(hydrostatic)肺水腫②透過性亢進型(increased permeability)肺水腫③混合型肺水腫に分類される. ΔPの上昇およびΔπの低下が静水圧性肺水腫,σの低下,Kfの増加が透過性亢進型の肺水腫を惹起する.
疾患としては,表7-10-3のように分類される.
病理
心原性肺水腫は静水圧性肺水腫のなかで最も頻度が高く,肺は容積と重量を増し割面や気管支からは泡沫ピンク色の液体が流出する.組織学的には血管・気管支周囲の間質性浮腫や肺胞内浮腫がみられる.
肺うっ血(pulmonary congestion)では,肺胞にヘモジデリン顆粒を含む食細胞,すなわち心不全細胞(heart failure cell)がみられ,肺小動脈や肺毛細血管壁は肥厚しフィブリン沈着や結合組織の増生があり内腔は赤血球で充満している.さらに慢性の例では肺ヘモジデリン症を呈しうる.
透過性亢進型肺水腫をきたす急性肺損傷(ALI)/急性呼吸促迫症候群(ARDS)では,原因によって差があるものの,組織学的に肺水腫,出血,硝子膜形成,好中球を主体とした細胞浸潤など,びまん性肺胞障害(diffuse alveolar damage:DAD)の像がみられる.
病態生理
心原性とそれ以外の非心原性肺水腫に大別される.
心原性肺水腫では肺の基本構造は保持されており,酸素吸入により低酸素血症は改善しやすい.肺うっ血を軽減するために起坐呼吸(orthopnea)となる.一方,非心原性肺水腫は基礎疾患によって病態生理が異なり,診断・治療に苦慮することが多い.急性呼吸促迫症候群(ARDS)などでは肺内シャントの病態を伴うことが多く,酸素投与によっても低酸素血症は改善しにくい.
臨床症状
心原性肺水腫では喘鳴,呼吸困難,特に,発作性夜間呼吸困難や起座呼吸,咳および泡沫状のピンク色の痰が特徴である.身体所見では努力性呼吸,頻呼吸,頻脈,頸静脈の怒張がみられる.皮膚は蒼白で冷湿,チアノーゼを伴い,ショックに陥ることもある.聴診上,肺で水泡音(coarse crackle)が聴取される.
ALI/ARDSは,非心原性肺水腫の大半を占める透過性亢進型肺水腫である.原因によって特異な臨床像を呈することが多い.表7-10-3に示す基礎疾患の経過中に,治療抵抗性の急性呼吸不全を呈し,胸部画像所見で両肺に浸潤影がみられる.
神経原性肺水腫(neurogenic pulmonary edema)は,くも膜下出血,痙攣発作後など急性で重症の中枢神経系障害に伴う肺水腫である.おもな発症機序としては,脳室圧の上昇による交感神経系の関与が示唆されている.
再膨脹性肺水腫(reexpansion pulmonary edema)は,気胸や胸水で虚脱した肺を急に再膨張させたときに発症する.虚脱の程度が重症で虚脱の期間が長いときにみられやすい.
高地肺水腫(high-altitude pulmonary edema)は,心肺に異常のない健常人が2500 m以上の高地に急に到達した際に発症する.一般に高地に到達後2~3日以内に出現する.眼底出血や脳浮腫を合併することがある.低地移送で速やかに軽快する.
検査成績
心原性肺水腫は,胸部X線では,肺胞性浸潤影(air space consolidation)を呈し,心拡大を伴うことが多い.心不全の悪化とともに血中BNP濃度が上昇する場合が多い.非心原性肺水腫の診断は,胸部X線写真ではときに困難であるが,胸部CTではすりガラス様陰影(ground glass opacity)を呈するが,心拡大は伴わない(図7-10-5).なおいずれの肺水腫でも動脈血ガス分析では低酸素血症および呼吸性アルカローシスを呈する.
発症機序・鑑別診断
臨床的に静水圧性および透過性亢進型を鑑別するには以下のような方法がある.
1)胸部画像診断:
心原性肺水腫では心陰影,肺血管影は拡大する.血管や気管支周囲には浮腫のため輪郭は肥厚し不鮮明(cuffing sign)となる.重症肺水腫では水腫影が両肺門から肺野の中心にかけて蝶形あるいは蝙蝠の羽(butterfly, bat’s wing)様を呈することがある.中心静脈圧が上昇すれば,上大静脈陰影が幅広くなり奇静脈も拡張する.胸水,特に右側優位がみられる.限局性の胸水貯留は腫瘤様でかつ治療により改善するのでvanishing tumorとよばれる(図7-10-6).また,小葉間隔壁の浮腫によるKerley B 線がみられる.
一方,透過性亢進型肺水腫では,心原性とは異なり,心拡大はなく肺血管影や上大静脈の拡大もみられない.
2)Swan-Ganzカテーテルによる肺動脈楔入圧(Pwp)の測定:
心原性か非心原性肺水腫を鑑別するために有用である.Forresterの分類では,Pwp≧18 mmHgのとき左心不全と定義されており,心原性肺水腫と診断する.
3)肺水腫液の解析:
肺水腫液が多く採取されれば,その細胞成分や生化学的解析により鑑別が可能である.たとえば,肺水腫液/血液の蛋白濃度比は,静水圧性では0.5以下,浸透圧亢進型では0.7以上である.
診断
典型的な肺水腫の診断はその臨床像からは困難ではない.基礎疾患の推定も,先行する慢性の心疾患が存在する場合は容易であるが,心疾患のない場合は,重症の肺炎,肺塞栓症などとの鑑別が必要になることがある.
治療
低酸素血症の改善,肺水腫に対する治療および原因疾患の治療が主体となる. 安静,半座位とし痰の喀出をはかる.PaO2 60 torr(SpO2 90%)以上となるように酸素吸入を行う. 肺水腫に対しては,透過性亢進型であっても,肺血管内圧を下げるのが基本である.心原性肺水腫に対しては利尿薬の投与をはじめとする心不全の治療が中心となる.透過性肺水腫であるALI/ARDSでは原因となった基礎疾患により治療法が異なる.[木村 弘]
■文献
Crandall ED, Staub NC, et al: Recent developments in pulmonary edema. Ann Intern Med, 99: 808-822, 1983.
Fraser RS, Colman N, et al: Synopsis of Disease of the Chest, 3rd ed, Elsevier, Philadelphia, 2005.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報