性高院(読み)しようこういん

日本歴史地名大系 「性高院」の解説

性高院
しようこういん

[現在地名]千種区幸川町三丁目

大雄山と号し、浄土宗。本尊阿弥陀如来。天正一七年(一五八九)徳川家康の第四子松平忠吉がその母宝台院(西郷の方)のために建立したもので、忠吉の旧領地武蔵国おし(現埼玉県)にあった正覚しようがく寺の跡を満誉玄道によって再興させたといわれる。慶長八年(一六〇三)忠吉が清須きよす(現西春日井郡清洲町)に封ぜられたとき同地に転じ、同一五年、名古屋城下門前もんぜん(現中区)に移り、性高院(忠吉の法名)と改めた。当時は境内およそ六千坪の大寺で春日井郡寺野てらの(現西春日井郡新川町)に黒印地一〇〇石を領した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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