恒川泰蔵(読み)つねかわ たいぞう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「恒川泰蔵」の解説

恒川泰蔵 つねかわ-たいぞう

1786-1845 江戸時代後期の儒者
天明6年生まれ。越中富山藩士。佐伯順蔵,大野拙斎(せつさい),のち京都の仁科白谷(にしな-はくこく)に師事市河米庵(べいあん)に書もまなぶ。文政11年藩校広徳館教授となる。弘化(こうか)2年7月死去。60歳。名は済。字(あざな)は君楫。号は樸巌。没後に「樸巌(ぼくがん)遺稿」が刊行された。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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