悪性腫瘍に伴う神経系障害

内科学 第10版 の解説

悪性腫瘍に伴う神経系障害(内科疾患に伴う神経系障害)

定義・概念
 担癌患者にはさまざまな神経障害が合併する(表15-12-2).表15-12-2に示したような明らかな原因が見いだせない場合,自己免疫機序によると考えられている傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neu­rological syndrome:PNS)を考慮する(Honnoratら,2007). PNSは,中枢神経原発の腫瘍では生じにくいが,一般臓器原発の腫瘍ではいずれの場合にも生じ得る.肺小細胞癌,乳癌,子宮癌卵巣癌胸腺腫,形質細胞腫を有する例での合併が多い.多くは,中高年で発症するが,神経芽細胞腫によるPNSは小児に多い. PNSの発生頻度について正確な調査はないが,悪性腫瘍患者の0.1~1%前後とされ,腫瘍の種類によって頻度が異なる. PNSの60%以上は,神経症状出現時に腫瘍そのものは発見されていない.神経症状出現後,数カ月から4年の間に腫瘍が見いだされる.PNSにおける神経症状は,中枢・末梢神経系のいずれにも生じ得る.通常,数日から数カ月の経過で亜急性に顕著な神経症状が出現し,一定程度まで進行するとそのまま固定化してしまうことが多い.病型によっては神経症状が固定化した時点では,罹患神経組織が高度の非可逆的な損傷を受けており,治療が奏効しないことがある.
 PNSでみられる神経症候は,腫瘍の種類により,比較的一定の病型をとる.辺縁系脳炎,脳脊髄炎,小脳変性症,感覚性運動失調型ニューロパチーなどがよく知られ,神経症状と腫瘍の種類に関連する特徴的な抗神経自己抗体血清・髄液中に見いだされる(表15-12-3).神経症状そのものは,ほかの神経変性疾患,自己免疫性・代謝障害性神経疾患などさまざまな背景を有する患者にも生じうるものであり,抗体が見いだされない場合の診断は難しい.
 PNSで生じる自己抗体は,末梢リンパ球が,腫瘍組織に異所性に発現する神経組織(onconeuronal anti­gen)に反応して活性化され,抗体を産生し,中枢神経組織に侵入して病変を生じると考えられている.
 これまでPNSとしてよく知られる疾患群の多くは,神経細胞内に存在する蛋白質抗原とした自己抗体(抗Yo/Hu/Ri/CRMP5/amphiphysin/Ma抗体など)を生じるため,血漿交換療法などでの抗体の除去療法は症状の改善に効果がない.また,これらの抗体を用いて病態が再現できないことから,神経傷害には抗体ではなく,細胞傷害性T細胞がかかわると考えられている.一方,近年相次いで明らかになった,細胞表面に存在するチャネルや受容体に対する抗体(抗電位依存性カリウムチャネル(VGKC)複合体/N-methyl-d-aspartate(NMDA)受容体/抗電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)/アセチルコリン受容体(AChR)抗体など)を有する群では,抗体の除去療法や抗体産生抑制療法が奏効し,抗体での病態の再現にも成功している.なお,この群の約半数は腫瘍が存在せず,PNSではない自己免疫性炎症性疾患とされる.いずれの場合も,早期に免疫療法(メチルプレドニゾロンパルス療法,大量ガンマグロブリン療法,血液浄化療法)に加え,腫瘍を早期に発見し加療(摘出,化学療法,放射線療法)を行うことが神経症状の改善に有用である.そのため,抗体診断がきわめて重要となる.[田中惠子]
■文献
Dalmau J, Gleichman AJ, et al: Anti-NMDA-receptor encephalitis: case series and analysis of the effects of antibodies. Lancet Neurol, 7: 1091-1098, 2008.
Honnorat J, Antoine JC: Paraneoplastic neurological syndromes. Orphanet J Rare Dis, 2: 22-31, 2007.
Irani SR, Alexander S, et al: Antibodies to Kv1 potassium channel-complex proteins leucine-rich, glioma inactivated 1 protein and contactin-associated protein-2 in limbic encephalitis, Morvan’s syndrome and acquired neuromyotonia. Brain, 133: 2734-2748, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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