日本大百科全書(ニッポニカ) 「胸腺腫」の意味・わかりやすい解説
胸腺腫
きょうせんしゅ
胸腺の上皮細胞から発生する胸腺上皮性腫瘍(しゅよう)の一つで、多くは30歳以上で発症し、とくに50歳代前後の中高年齢層に多発するが、全体では発症率の低いまれな疾患である。胸腺は胸骨の裏側にあり心臓の前縦隔に位置するこぶし大の臓器で、リンパ球(T細胞)を産生し、侵入してきた病原体への感染を防ぎ、体内の悪性新生物を排除する免疫機能を担う。胸腺は思春期に最大となった後、成長するにつれてしだいに萎縮(いしゅく)して成人になると退化するが、この退化した胸腺の細胞から発生する腫瘍が胸腺腫である。胸腺上皮性腫瘍には、ほかに胸腺癌(がん)と胸腺神経内分泌腫瘍があるが、胸腺神経内分泌腫瘍を胸腺癌に含める場合もある。かつては胸腺癌も胸腺腫のなかに含まれていたが、今日では別の腫瘍として扱われている。胸腺癌と同様に悪性腫瘍として扱われるが、胸腺癌に比べて悪性度は低く、腫瘍細胞には組織学的に明らかな悪性像がみられず、増殖の速度も緩やかである。浸潤性だが周囲の他臓器へ転移することはまれである。
初期には無症状であることも多いが、進行すると咳(せき)や胸痛および呼吸困難などを伴う。胸腺腫では自己免疫疾患を合併していることも多く、自分の正常な組織などを異物として認識して攻撃してしまうためにさまざまな症状を呈する。重症筋無力症を合併していると筋力低下などを呈し、赤芽球癆(せきがきゅうろう)では貧血症状を呈する。ほかに多発性筋炎、エリテマトーデス、関節リウマチ、甲状腺炎、低ガンマグロブリン血症などを合併していることもある。
治療法はまだ確立していないが、手術による腫瘍の摘除が第一で、ほかに放射線療法も検討され、これらの治療が困難なら制癌剤を投与する。
[編集部 2016年10月19日]