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惇子内親王 じゅんしないしんのう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

惇子内親王 じゅんしないしんのう

1158-1172 平安時代後期,後白河天皇の皇女。
保元(ほうげん)3年生まれ。母は徳大寺公能(きんよし)の娘。仁安(にんあん)3年(1168)内親王となり,伊勢斎宮にさだめられる。嘉応(かおう)2年伊勢におもむく。病のため承安(じょうあん)2年5月3日斎宮寮で死去。15歳。通称は堀川斎宮。

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朝日日本歴史人物事典の解説

惇子内親王

没年:承安2.5.3(1172.5.27)
生年:保元3(1158)
平安後期の皇女。後白河天皇右大臣藤原公能の娘の子。仁安3(1168)年8月27日内親王となり,同日伊勢斎宮に卜定。嘉応2(1170)年9月10日伊勢に群行。斎宮寮で急逝したが,寮内での死亡は先例のないこととされた。堀川斎宮と号す。

(楢原潤子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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