日本大百科全書(ニッポニカ) 「憲兵政治」の意味・わかりやすい解説
憲兵政治
けんぺいせいじ
第二次世界大戦前の日本で、憲兵が強権を振るった一種の恐怖政治。1923年(大正12)の関東大震災ののち、思想混乱の社会状況を理由に憲兵組織が再編強化され、従来の軍人・軍属に対する風紀、規律の取締りの任務に加えて、治安対策の役割を担うことになった。すなわち憲兵は、「陸軍大臣ノ管轄ニ属シ主トシテ軍事警察ヲ掌(つかさど)リ兼テ行政警察司法警察ヲ掌ル」(憲兵条例第1条)とされ、軍事警察としての主要任務とともに、行政・司法警察をも兼掌する任務、権限が与えられたのである。この結果、憲兵は国家警察機関としての性格を強め、28年(昭和3)に思想係を設置してからは、思想調査や弾圧を行う政治的役割をも果たすことになった。29年4月の憲兵服務規定改正では、「憲兵ハ在郷軍人ハ素(もと)ヨリ未入営壮丁ノ状態ヲ視察調査スルコトトセリ」とされ、「未入営壮丁」の思想動向調査をはじめ、国民各層を対象とした日常監視を、主要な任務とすることになった。峯幸松(みねゆきまつ)憲兵司令官は30年に行った講演で、憲兵も「思想、労働、外事等の事に関し現役軍人以外に対して頭を突っ込む」必要を説いた。日中戦争の展開に伴う戦時体制の強化が進むにつれ、憲兵任務の範囲と権限は一段と拡大され、太平洋戦争開始後は政治テロなどによって政敵や反対者の行動を封殺するため、憲兵は権力の暴力手段として大いに使用された。東条英機(ひでき)内閣による憲兵政治はその典型である。
[纐纈 厚]
『大谷敬二郎著『昭和憲兵史』(1967・みすず書房)』