打見村(読み)うちみむら

日本歴史地名大系 「打見村」の解説

打見村
うちみむら

[現在地名]大宮町打見

野添のぞえ村の西にあり、村境をふじ川が宮川に注ぐ。西南はら村。地名淵瀬に臨む淵見が転じたものという。縄文時代のみなみ遺跡から打製石斧などが出土。中世七箇しちか御園のうちであったといわれる。「建久三年皇太神宮年中行事」の滝原たきはら宮参向条六月月次祭に「下向替夫二人自打見郷進」、神嘗祭条に「自帰参途中打見郷人夫相替」とみえる。「氏経神事記」の永享一三年(一四四一)六月条に「帰参人夫自打見郷三人亦自野原一人相途中替」とあり、例幣使下向には人夫役を課せられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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