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文政の大火 ぶんせいのたいか

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百科事典マイペディアの解説

文政の大火【ぶんせいのたいか】

文政12年(1829年)の江戸の大火。神田佐久間町河岸(現千代田区)の材木小屋から出火し,日本橋京橋一帯が類焼。佐久間町火事とも。佐久間町一帯は材木商・薪商が多く,神田材木町の俗称がある。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

文政の大火

文政11(1828)年8月9日深夜、台風が有田を襲い、岩谷川内の窯元の素焼き窯の火が飛んで燃え広がった。「有田千軒」といわれた皿山は焼け野原、水害も重なって40~50人が死亡したといわれる。

(2011-05-12 朝日新聞 朝刊 佐賀全県 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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世界大百科事典 第2版の解説

ぶんせいのたいか【文政の大火】

1829年(文政12)の江戸の大火。佐久間町火事,己丑火事ともいう。3月21日昼前,神田佐久間町二丁目の材木商尾張屋徳右衛門の材木小屋より出火,西北の強風にあおられ,日本橋・京橋・芝一帯を焼き,焼失面積は幅20町(約2.2km),長さ1里(約4km)に及んで,翌朝鎮火した。大名屋敷73,旗本屋敷130,町屋の類焼約3万軒,船や橋も多数焼失し,2800余名が焼死した。【池上 彰彦】

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