文珠寺城跡(読み)もんじゆじじようあと

日本歴史地名大系 「文珠寺城跡」の解説

文珠寺城跡
もんじゆじじようあと

[現在地名]大山町西小俣

熊野くまの川左岸の西小俣にしおまた長瀬ながせの中間にそびえる山上(比高一五〇メートル)に築かれた城跡。東西ともに急斜面の要害で、付近の字を城割しろわりと称する。城は南北に続く二つの峰からなり、一段高い南の峰が主体部とみられる。北峰の郭は南北に細長い平坦地で、北端に一段小高くなった一角があり、ここから北方の尾根筋を見下ろせるので、おそらく櫓台の跡であろう。郭の規模は九メートルに六三メートル程度で、北側に堀切二ヵ所、南峰との間に二ヵ所の堀切がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む