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文秀女王 ぶんしゅうじょおう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

文秀女王 ぶんしゅうじょおう

1844-1926 明治-大正時代の皇族。
天保(てんぽう)15年1月29日生まれ。邦家(くにいえ)親王の第7王女。嘉永(かえい)4年(1851)大和(奈良県)円照寺門跡(もんぜき)をつぐ。維新後は伏見宮家に復籍となったが仏門にとどまり,皇族最後の尼門跡となる。書,和歌にすぐれた。大正15年2月15日死去。83歳。幼称は福喜宮。法号は大和。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

20世紀日本人名事典の解説

文秀女王
ブンシュウニョオウ

明治・大正期の皇族 円照寺第6世門跡;伏見宮邦家親王第七王女。



生年
天保15年1月29日(1844年)

没年
大正15(1926)年2月15日

別名
幼名=福喜宮,道号=大和 文秀

経歴
伏見宮邦家親王の娘。皇族最後の尼門跡で、山村円照寺の第6世。弘化4年孝明天皇の猶子となり、円照寺に入室。嘉永4年得度し、大知文秀と号す。維新後、皇族での法体は憚ることから明治6年還俗し宮家に戻るが、のち許され円照寺で禅道に帰依した。また和歌に優れた才を持ち、日記や旅行記を残した。

出典|日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)
(C) 2004 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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