コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

斎藤長定 さいとう ながさだ

2件 の用語解説(斎藤長定の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

斎藤長定 さいとう-ながさだ

1197-1239 鎌倉時代の幕府官僚。
建久8年生まれ。嘉禄(かろく)元年幕府評定衆が創設されて以来の評定衆。貞永(じょうえい)元年に制定された幕府の基本法「御成敗式目」の起草者のひとりで,評定衆連署起請文(きしょうもん)の草案も作成したといわれる。延応元年10月11日死去。43歳。通称は斎藤兵衛入道。法名は浄円。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

斎藤長定

没年:延応1.10.11(1239.11.8)
生年:建久8(1197)
鎌倉初・中期に幕府評定衆などを務めた実務家。藤原利仁の子孫。清定の子。法名浄円,斎藤兵衛入道を名乗る。嘉禄1(1225)年12月,評定衆設置に際して文人系官僚としてこれに加えられ,貞永1(1232)年,御成敗式目制定には起草者のひとりとして参与し,また評定衆連署起請文の草案を作成したとされる。さらに同年12月には鎌倉政権草創以来の散逸した重書の収集と目録作成を命ぜられ,暦仁1(1238)年には地頭職をめぐる一連の追加法制定の奉行を務めるなど,文書管理能力に長けた実務家として重んぜられた。<参考文献>竜粛『鎌倉時代』上

(新田一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の斎藤長定の言及

【斎藤氏】より

…(2)鎌倉・室町両幕府の奉行人を務めた斎藤氏。先祖は未詳だが,幕府初期より幕政に参加し,1225年(嘉禄1)評定衆に就任した斎藤長定以降,幕府奉行人を輩出した。また六波羅探題検断方にも鎌倉後期に斎藤基明なる奉行人が見え,のち室町幕府奉行人家の斎藤氏はおそらくこの系統であろう。…

※「斎藤長定」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

斎藤長定の関連キーワード式評定衆評定衆評定奉行太田康有太田康宗清原満定長井貞縁中原師連町野康持三善康俊

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone