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斯波家長 しば いえなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

斯波家長 しば-いえなが

1321-1338* 南北朝時代の武将。
元亨(げんこう)元年生まれ。斯波高経(たかつね)の長男。建武(けんむ)2年(1335)南北朝争乱の勃発(ぼっぱつ)とともに足利尊氏から鎌倉府執事に任命され,足利義詮(よしあきら)を補佐し,関東・奥羽を管轄。京都をめざす北畠顕家(あきいえ)の奥州軍に攻められ,建武4=延元2年12月25日鎌倉で自刃(じじん)した。17歳。通称は尾張弥三郎。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

斯波家長

没年:建武4/延元2.12.25(1338.1.16)
生年:生年不詳
南北朝時代の武将。高経の長子。陸奥守。南北朝内乱の勃発とともに奥州総大将,鎌倉幕府執事に就任し,足利義詮を補佐する。義詮が幼少であったので,家長が東国における足利方の実質上の軍事指揮者であった。建武2(1335)年末に陸奥国府に下り,西上する北畠顕家を追って関東に入り,3年から翌年にかけて,東国一帯で軍勢催促,恩賞推挙,所領安堵などの権限を行使し,義詮の執事として大活躍し,国人の掌握に努めた。だが顕家方を支持する国人も多く,再度上洛してきた顕家の軍勢と鎌倉で戦い,壮烈な戦死を遂げた。<参考文献>遠藤巌「奥州管領おぼえ書き」(『歴史』38号),小川信『足利一門守護発展史の研究』

(伊藤喜良)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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