新保浦(読み)しんぼうら

日本歴史地名大系 「新保浦」の解説

新保浦
しんぼうら

[現在地名]越前町新保

宿(しゆく)浦の南に位置する。集落は越前海岸に発達した海岸段丘崖下にあり、狭隘な岩石海岸に人家が並ぶ。南は枝浦の城(じよう)ヶ谷(たに)浦。慶長三年(一五九八)六月一五日付の宿浦惣百姓中宛新藤甚介証状(小塙家文書)に浦名がみえ、宿浦との境が知られる(→宿浦)。福井藩領で、正保郷帳によると高三五・二五石すべて畠方。寛文三年(一六六三)三五〇人、延宝元年(一六七三)六〇戸、同五年漁船九、漁師五三、安政五年(一八五八)六九戸・三九八人(越前町史)。

季節風を真正面に受け、背後は急崖をひかえた岩石海岸という場所で、漁業を生業としたが地先漁場をめぐる出入は頻繁に発生した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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