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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…浄瑠璃の流派名。安永(1772‐81)の末ごろに生まれた江戸浄瑠璃。豊後節(ぶんごぶし)の一派で,鶴賀若歳(つるがわかとし)改め2世鶴賀新内の残した名称。それ以前の同系統の富士松,鶴賀,豊島らの節も含み,また後年富士松魯中(ろちゆう)の称した富士松浄瑠璃も,現在では新内節に含めている。
[歴史]
享保(1716‐36)の末ごろ,上方から江戸に下った宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじよう)にしたがった宮古路加賀太夫は,1745年(延享2)に師家を去って独立,富士松薩摩(翌年富士松薩摩掾を受領)と名のり52年(宝暦2)まで劇場に出演し,57年に没した。…
※「新内流し」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...