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音楽 おんがく music

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

音楽
おんがく
music

ムシカ,ミュージックなどの言葉はギリシア神話の9人の女神 (ムーサ) たちが行う活動 (言語,詩,音楽,舞踊などを統御する) を意味するギリシア語ムシケ mousikēに由来する。東洋および日本における音楽という言葉の定義は時代によってさまざまである。

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デジタル大辞泉の解説

おん‐がく【音楽】

音による芸術。音の長短・高低・強弱・音色などを組み合わせて肉声や楽器で演奏する。
歌舞伎の鳴り物の一。寺院の場面などに、笛・大太鼓・鈴などで雅楽風の演奏をする。

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百科事典マイペディアの解説

音楽【おんがく】

人間の耳によって知覚される精神の表現。客観的な面から定義づければ,多かれ少なかれ一定の確率的状態になるように音を構成し,パターン化したものが音楽といえる。これは言語の場合と同様に,シンタクス(構文論)をもつことを示す。

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世界大百科事典 第2版の解説

おんがく【音楽】


【音楽とは何か】
 音楽は絵画や彫刻とともに人類の始源までさかのぼりうる創造的な営みの一部であるが,絵画や彫刻が視覚的に訴えかける空間的な形象性を特徴とするのに対して,音楽は聴覚を媒介として,時間的に展開され把持される意味を形づくる。音の強弱,高低,色彩,リズム的な継起,一定のパターンによる反復や変形などがその意味形成の手段となり,同時にその意味を認める心的な働きがあって,音楽は成立する。その意味で,音楽は語られる言語と多くの共通面をもっている。

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大辞林 第三版の解説

おんがく【音楽】

音による芸術。時間の進行の中で、一定の法則に基づいた音を組み合わせて、人の聴覚に訴える美を表現する。
歌舞伎で、人物の登場や退場に用いる囃子はやし。 〔明治期には「いんがく」とも〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

音楽
おんがく

音楽とは、音響現象のさまざまな特性を秩序だてながら使い分けて、一定の時空間のなかに繰り広げる人間の芸術的活動の所産である。身体や物体を利用して構築されるこの音響世界は、社会的存在として人間が送る生活のなかに有機的に組み込まれて文化的な意味や価値が与えられ、状況に応じて社会的機能を果たすのである。そして音楽は、時代の変遷とともに伝承ないし変形されたり、地域を越えて伝播(でんぱ)し変容したりして、人類文化の縦と横の広がりのなかで重要な役割を演じてきた。[山口 修]

概念としての音楽


語義と音楽概念
音楽ということばは、中国および周辺の国々で、英語のmusicなど(フランス語でmusique、ドイツ語でMusik、イタリア語でmusica、アラブ諸国でmsq, msq)に対応する近代的な用語である。音楽という用語の文献上の初出は、中国では秦(しん)代の成立とされる『呂氏(りょし)春秋』(前3世紀)、日本では『続日本紀(しょくにほんぎ)』(797)であり、それ以後も用例は散見されはするが、意味内容は今日のものとは一致せず、特定の種目や楽曲をさすことが多かったらしい。「音楽」に相当する中国の用語は「楽」であり、これは「声」(物に感じて動くもの)、「音」(それが変化して形を表す場合)、「楽」(その音を重ねて楽しむとき)という三分法の一つの概念である。象形文字としての「楽(樂)」は、「木」に「糸(幺)」を張った弦楽器を「白(爪(つめ))」で奏するという意味であるとする説がある。別の解釈としては、「木」の台の上に「幺(騎鼓)」が二つ置かれ、それを「うつ(白)」ともされる。いずれにせよ楽器を奏することが原義であり、さらに上流階級の人々の音楽をさすことがニュアンスとして含まれている。日本でも「音楽」の意味で「楽」の字をあてる習慣があり、やはり雅楽などを示唆することが多かった。楽の字の訓読みとしては「あそび・あそぶ」が妥当と考えられる。ただし「あそび」は、音楽だけでなく、狩猟その他の日常生活からやや離れた特殊な活動をさす多義的な大和(やまと)ことばである。ちなみに、今日でも奄美(あまみ)諸島や沖縄では音楽演奏の類義語として「あそび」「うたあそび」といったことばが使われている。日本語ではほかにも「もののね」「うた」「音曲」などの総称的用語があるが、それぞれ含蓄範囲が限られており、明治以後「音楽」が一般的に使われるようになった。
 インドでは古代以来サンスクリット語のサンギータsagtaが総称語として用いられているが、これはギータgta(歌)、バーディャvdya(楽器)、ヌルッタntta(舞踊)を包括するものであった。西アジアでは「歌」を意味するアーバーズvz(ペルシア)、ギナーghin'(アラビア)とは別に、ムーシーカーmsq(アラビア)が使われることもある。ヨーロッパでも諸語本来のものとしては「歌」ないし「旋律」を意味する用語だけであった。たとえば、イギリスのソングsong、チューンtune、フランスのシャンソンchanson、メロディーmlodie、ドイツのゲザングGesang、リートLiedである。状況は他の民族でも類似していることが多い。東南アジアではラグlagu(マレー)、アフリカではニンボnyimbo(タンザニア)、ミクロネシアではエリタクルelitakl(ベラウ)などがその例である。
 こうした背景があったために、「ミュージック」系統の用語が世界的にかなり広く使われているのが現状である。それは、ヨーロッパにおいてムーシケーmousik(ギリシア語)、ムシカmusica(ラテン語)に基づいて諸民族が借用語を確立したのに始まる。ギリシア語のムーシケーは、ムーサイmousai(単数形はムーサ)に関連するという意味の形容詞であったのが名詞化したものである。ムーサイはギリシア神話の主神ゼウスが記憶の女神ムネモシネに生ませた9人の女神で、それぞれ叙事詩、叙情詩、悲劇、喜劇、音楽、舞踊、歴史、天文などを受け持っていた。したがってムーシケーの含蓄するところは、言語、詩歌、音楽、舞踊といった、ことば、運動、時間にかかわる技芸や、それらに従事するときの人間行動にまで及ぶ。そこにすでに備わっていた理論的学問的性格はさらに強化されて、ヨーロッパ中世のムシカとして概念が明確になる。すなわち、自然や宇宙を支配する数とその比例原理に着目したハルモニアharmonia論であり、3種のムシカが区別される。ムシカ・インストルメンターリスm. instrumentalisまたはムシカ・ソノーラm. sonoraは器官(声)や器具(楽器)によって産出される現実の音楽、それの基礎となっているとされるムシカ・ムンダーナm. mundanaは宇宙の音楽、そしてムシカ・フマーナm. humanaは人間の魂の音楽である。この論を基盤にしてムシカは、教育機関スコラにおいて、修辞学、算数などと並んで自由七科のなかに含まれるようになった。
 中世以後のヨーロッパ音楽史が華やかな展開を遂げるにつれ、「ミュージック」系統の用語は各国で着実に根を下ろしていった。そして18~20世紀の植民地政策の落し子として、ヨーロッパ以外の地にも普及していった。しかし20世紀後半になると、異なる文化価値を是認する文化的相対主義の考え方が顕著になり、それに応じて世界の多様な音楽様式をそれぞれ尊重する傾向が現れてきた。それを反映しているのが、英語でいえばmusicsのように複数形の使用を奨励し、異なる音楽文化を十把ひとからげに扱わないという態度である。[山口 修]
周辺領域との関連
人間行動の一つとしての音楽は、本来それ自体で独立できるものではなく、さまざまな周辺領域とのかかわりにおいて成立している。高度の自律性をかちえたとされる西洋音楽ですら、現実に鳴り響くことを前提にしている以上、一定の社会的、文化的脈絡のなかに置かれるのであるから、音楽外的な効果から自由ではありえない。
 音楽がもっとも深い関係をもつ周辺領域は言語であろう。それは第一に、発音を基礎にした音声言語(発話)が、音楽と同様に聞き手に向けられる伝達形態であるという事実である。第二には、音楽の主要な形式の一つである声楽がまさにことば(歌詞)をそのなかに取り込んでいるという直接的な交差関係がある。そして第三に、音楽概念の本質的な部分の一部がさまざまなレベルにおいて音楽用語として言語化されたり、「音楽について語る」という行為が日常生活においても特殊な方法(音楽批評、音楽学など)でも実行されるという関係がある。そのなかでも第一のものは、音を駆使するときに分節的か、それとも韻律的かの方法、またはその組合せの方法をとるという点で、音楽と言語の構造上の連関に直結した問題である。より具体的には、西アフリカのいわゆるトーキング・ドラムが、ことばを模倣して言語的意味内容を担いながら王朝の系譜を物語ったり、挨拶(あいさつ)や裁判にも使われたりすることがある。さらにヨーロッパの鐘、オセアニアの割れ目太鼓(スリット・ドラム)、仏教の音具(法器)などが1日の一定の時間に一定のパターンに即して発音させられるときに、一定の雰囲気を醸し出すだけでなく、さらに伝達内容を含んでいたりすることがある。
 身体運動もまた音楽と切り離せない関係をもっている。発音行為それ自体が、声帯・楽器いずれを使うにしても、身体運動によっていたり、手拍子や足踏みといった行為、カイロノミー(手示法)としての西洋音楽の指揮者や、アフリカ、オセアニアのグループ・リーダーの身体動作は、とりもなおさず当該音楽様式の構造を視覚的に表現していると解釈できる。さらに、身体運動は舞踊というもう一つの芸術形式となり、音楽との相補的な関係が築き上げられる。アフリカやアメリカ(インディアンおよびラテン系混血メスティソ)の場合のように、身体の激しい動きにつれて首や脚(あし)につけた音具がリズミカルに発音するといった音楽と舞踊の直接的同調の関係もあれば、沖縄の組踊やジャワの古典舞踊タリtariの場合のように、音楽と舞踊が重要なポイントでしか同調しない関係もある。身体運動はさらに、演劇や宗教儀礼のなかでも音楽との関係を複雑に示している。
 音楽はまた、文化のなかのその他の視覚的あるいは触覚的実体とも関連しながら成立する。演奏が行われる場は、一定の様式に基づく建築空間やある程度選択加工の手を施した自然空間であることが多く、特定の音響効果がそれぞれ意図されているものである。さらにその空間には美術的な装飾が付加されることも普通であるし、演奏者や聴き手(聴衆)すらも、特定の衣装や化粧によって演奏空間の様式的統一に貢献するものである。
 このように音楽は周辺領域との密接な関係のなかで意味作用を発露するのであり、このことは、諸民族の音楽概念が複合的に形成されていることからも裏づけられる。その例として、前述のインドの「サンギータ」をはじめ、日本の「芸能」、インドネシア語の「カラウィタン」karawitan、オーストラリア先住民の「インマ」inma、英語の「パフォーミング・アーツ」performing arts、ワーグナーの主張する「総合芸術」Gesamtkunswerkといった一連の用語があり、いずれも音楽、舞踊、文芸などが有機的に一体になっていることを概念化している。類似のことは「歌」という用語にもいえる。すなわち、歌は文芸としての詩と音楽としての旋律を契機としてもっており、切り離すのは本来不自然である。この例は、ハワイのメレmele、ヨルバ(アフリカ)のオリンorin、ラオスのルムlum、ペルシアのアーバーズなど、他の民族にも多数みられる。[山口 修]
音楽の分類
諸民族が展開してきた音楽文化に対して、あるいはそのなかに存在する多くの種目に対して、恣意(しい)的な分類を行いレッテルをはることは、便利であると同時に誤解を招く危険がある。たとえば「東洋音楽」と「西洋音楽」を対置させるとき、少なくとも日本人からみれば世界の二つの地理様式に大別された形でわかりやすいが、その背後には西アジア、アフリカ、オセアニアといった地域に対する配慮が欠けていることを知らねばならない。また最近の傾向として「民族音楽」ということばが安易に使われているが、これも西洋音楽のみを「音楽」とよぶか、あるいは「クラシック音楽」「ポピュラー音楽」「邦楽」に対して同時代の他の音楽を「民族音楽」とよぶという意味合いが強く、適切ではない。中立的な呼称としては「ヨーロッパ音楽」「アフリカ音楽」「アジア音楽」、あるいは「日本音楽」「ドイツ音楽」「インド音楽」といったように地域名や国名を冠する方法があるし、これは実際ある程度行われている。しかし、地域や国境を越えて「クラシック」「ジャズ」「ポピュラー」「ロック」などが普及する例も多いので、こうしたジャンル名を併用するのが現実的であろう。同じく注意を要する呼称として「芸術音楽」と「民俗音楽」を対置させることがあるが、ある特定の地域(ヨーロッパやインド)のなかではある程度通用するとしても、全体には当てはまらない。[山口 修]

事象としての音楽


構造と形式
音楽に構造を与え、ひいては形式感や様式の確立に至らしめているのは、各民族のもつ音に対する感性である。時代様式や民族様式が築かれるときの音楽的な契機としては、音に備わった諸特性、すなわち音高、持続、音色、音強のうちどれに重点を置くかという、集団による意志作用が働いていると考えられる。たとえば、通俗的に「クラシック音楽」とよばれている西洋近代の芸術音楽においては、音高の絶対的に厳密な区別がもっとも強く働き、その現れとして24の調性が体系的に整理されている。そして、それぞれの調性には旋律と和声の進行についての原則がかなり細かく定められていて、これだけでも音楽理論という一分野をなすほどになっている。さらに、これらの調整された音高群を、その水平的連続を重視するポリフォニーないし垂直的連続を重視するホモフォニーというテクスチュア(音楽構成原理)のもとで組み立てるところに、この様式の特徴がある。これに対してアジア諸民族の音楽の多くは、テクスチュアとしてはヘテロフォニーの原理に基づく。ヘテロフォニーとは、基本的には同形の旋律が同時進行するときに、時間的ずれや装飾などによって結果的に多声となっているものをさす。したがってこの場合、各パートの音色上の微妙な差異に重きが置かれる。アフリカの場合は、音の強弱と持続の複雑な組合せと絡み合いのなかでリズムの多様性をもっとも前面に打ち出し、ときにはポリリズム(同時に複数のリズムが使用されること)の形をとったりする。テクスチュアのもう一つの原理はモノフォニーで、独唱ないし独奏による単旋律のこの種の音楽は、すべての時代すべての民族がもつものといっても過言ではあるまい。
 音高の操作についてもうすこし詳しく述べると、まず第一に連続的な音高変化(滑音ないしグリッサンド)とその逆の段階的な変化(音階)の2種類が区別されなければならない。アナログ的な音高変化は、声や擦弦楽器さらにリード系の管楽器の表現において、ほとんどすべての民族の音楽で頻繁に聴かれるが、多くは音階音の移行に際してすり上げたり、すり下げたりする形をとる。しかしアジアやオセアニアにおいては、滑音表現が表現目的の中心となっている例もある。デジタルな音高変化はそれぞれの民族で音階としてパターン化しており、さらに音階音ごとに序列がつけられて、主音ないし終止音、あるいは3度、4度、5度、オクターブといった枠をつくる核音を中心にして音組織をつくりあげ、その特質が様式のアイデンティティ確立に寄与するほどである。
 音の長短や強弱が音楽的に利用されるのは拍子およびリズムにおいてである。拍子は、規則的な拍感がない場合と、明確に感じられる場合とがあり、それぞれ自由リズム、固定リズムとよばれる。さらに固定リズムでは、一定の時間単位を分割することを基本にした分割リズム、そして拍をグルーピングして加法的に延長していく付加リズムとが区別される。しかし現実の音楽では、この2種類が混在している場合がみられる。たとえばインドの古典音楽において4+2+2という付加リズムが前面に出ていても、とくにテンポが遅いときには1拍のなかが分割されるのである。
 このようにして音の特性を人為的に操作する技法は、さらに形式感をつくりあげようとする方向に向かっていく。それは、時間芸術としての音楽が絶対時間の進行の真っただ中で人工的な音楽時間を形成することであり、それが達成されると、時間的広がりを超えて空間的なまとまりすら感じさせるものである。形式形成に向かう出発点は単音発音であり、次に動機(モチーフ)ないし音変化最小単位がつくられる。言語でいえば、単語に相当する動機は、異なる単語をつなげたフレーズ(楽句)の形成に貢献し、さらに文章(楽節)をつくりあげる。楽句や楽節のくぎりを明確にするのは、パターン化した旋律輪郭や和声進行によって半終止や完全終止の働きが遂行されたり、休止符や特定楽器の音が挿入されることによってなされ、この句読法にも似た分節法はコロトミーcolotomyとよばれる。動機、楽句、楽節は反復、変形(変奏)、対比の原理に従って時間的シークェンスのなかに配列され、音楽時間の秩序が築き上げられる。[山口 修]
意味と記号
時代や民族によって形式化し様式化した音楽という音の連なりないし流れは、それ自体で特殊な音楽時空間(ミクロコスモス)を形成しているという点で、すでに一つの意味を担わされている。それは音楽に内在する秩序という意味であり、それが正しく表現されるとき、もう一つの意味、すなわち音楽外的な文化的意味をもつことになる。換言すれば、特定のパターンや楽曲は文化によって規定された記号として、文化の担い手に伝達されるのである。その記号のあり方は文化ごとに多かれ少なかれ差異があるが、おもなものをいくつかあげておこう。
 第一に、描写音楽などにおいて自然を模倣する場合、模倣の客体と主体の間にアイコンicon的な一致ないし類似が達成されることによって、鳥の鳴き声、水の流れ、雷鳴などが追体験される。第二に、慣れ親しんだ聴き手でないと理解が不可能な、文化によって恣意的に約束事として取り決められた性格づけが楽句、楽節、楽曲などに施されている場合がある。具体例としてはワーグナーの楽劇において登場人物に付与される指導動機、日本の三味線音楽において名称のつけられた合方(あいかた)というパターン(雪の合方、佃(つくだ)の合方、虫の合方など)があげられる。これらは部分的な、いわば小レベルのものであるが、儀礼音楽の特定レパートリーとして楽曲全体が冠婚葬祭などの場で演奏される大レベルのものもあり、結婚行進曲、ベートーベンの『第九交響曲』の「歓喜に寄す」、長唄(ながうた)『松の緑』、レクイエム、葬送行進曲、地歌『残月』などがその例である。第三に、国歌、応援歌、食卓音楽、BGM(バックグラウンド・ミュージック)などがそれぞれ人心を鼓舞したり特定の雰囲気を醸し出したりするような社会的機能を帯びるという意味が音楽に与えられる例がある。これは、さらに広げて解釈すると、オペラ・ハウスやコンサート・ホール、ロックの演奏現場、サロン音楽や家庭音楽、儀礼音楽など、いずれをとってみてもそれぞれ独自の雰囲気があり、そこに居合わせた人々に独自の効果を及ぼすという意味があって、極言すれば、すべての音楽にこの種の音楽外的・神話的意味が与えられているといってもよいだろう。[山口 修]

文化としての音楽


起源と伝承
音楽の起源については、民族によっては神話伝説のたぐいのなかに語られていることがあるが、それらは本当の起源についての証言というよりも、むしろそれぞれの民族がもっている音楽観、世界観をくみ取る素材といったほうがよい。音楽の起源についての学説は18世紀以来いくつか出されてはいるが、しょせん類推の域を出ない。推察の根拠として「現存する未開民族」の音楽のあり方が利用されることがあるが、その考え方の立脚点はダーウィン的な進化論であって、今日では排除すべきものと主張する傾向が強い。ともかく、従来提出されてきた音楽起源説のおもなものをあげておこう。
(1)性衝動説 ダーウィンは、鳥を観察することによって、異性を呼ぶ発声が音楽の起源であるとした。
(2)言語抑揚説 J・J・ルソー、ヘルダー、スペンサーらは、音声言語の抑揚と音楽の関係が直接的であるとみなした。
(3)感情表出説 感情が高じたときの発声が音楽的であるとする考え方で、スペンサーやブントが唱えた。
(4)集団労働説 バラシェクやビュヒナーは、集団労働における掛け声の特色に着目した。
 音楽がどのような起源をもつにしろ、現に各民族において伝統が伝承されていることは注目に値する。ただし厳密な伝承もあれば、変化を加えながら伝承する民族もある。現在まで行われてきた伝承形態を2大別するなら、一つには口承(口伝(くでん))ないし身体伝承があり、もう一つは文字や楽譜による「書伝」とよぶことのできる形態である。もちろん量的には前者が人類の歴史と現在を通じて圧倒的に多い。伝承の内容としては、楽曲演奏の技術だけでなく、創作(作曲)、記憶、受容まで及んでいると考えられる。そして口伝にしろ書伝にしろ、伝承活動を支える重要なものは言語であるといえよう。
 口伝は、話しことばによって知識が師匠から弟子へと伝えられることを基本とするが、音楽の場合、話しことばなしに模倣をするということも大きな働きを果たしている。模倣は、子供のときから大人の行動を目撃するというごく自然な状況もあれば、一定の手続と経済的・肉体的負担を伴う徒弟制度ないしスクーリングという形式的な状況もある。そして演奏能力習得や記憶を助ける手段となるのが口唱歌(くちしょうが)やソルミゼーションといったシステムの導入である。これはパターンに名称を与えること、音階音に名称をつけて旋律をある程度理論的に把握すること、楽器の旋律やリズムの特徴を描写的に声でうたうこと(口三味線など)といった技法を含んでいて、それなりに楽譜的な機能を帯びている。口伝は多くの場合、師匠を正確にまねることから出発し、文化によっては、習得したあとで自分の個性を織り込むことが許されたり助長されたりすることもある。いずれにせよ、口承の結果はかなり厳密な伝承が達成される。
 これに対し、伝えるべき内容を文学や他の記号を駆使して「書かれたもの」として残す方法は、当然文字社会でみられる伝承形態である。作曲技法、唱法(奏法)、鑑賞法をことばで表し、さらに文字化することにより、ある程度の音楽の客体化、概念の抽象化が図られることになる。書伝の方法のなかでこれがもっとも端的に実行されるのは楽譜であろう。そこには、声楽であればまず歌詞が書き留められ、それ以外に音楽の重要な側面が記号として書き換えられることになる。そこに書き留められた(二次元的に視覚化された)音楽の一断面は、音楽の実体のごく一部ではあっても、重要な側面はすべて書き留められているはずであり、その意味ではイーミックemicな(文化の担い手にとって意味をなす)側面がそこに集約されていると考えられる。ここで留意しなければならないことは、たとえ楽譜の介入が伝承過程のなかに及ぼされてきても、実際の伝承は楽譜だけを通して行われるのではなく、口承が併用されることである。書伝が伝承の中心であったのは、中世以来のヨーロッパ音楽や仏教音楽、雅楽など、例は限られている。[山口 修]
伝播と変化
音楽は他の文化項目と同じように、共同体、民族、国家、地域を超えて伝播(でんぱ)していく。短い行動半径のなかでしか生活しえなかった古代・中世においてすら、楽器が西アジアから東アジア方面やヨーロッパ方面に移動していった形跡がたどれるし、当然それとともに音楽理論や楽曲も伝えられていったと考えられる。ただし、導入された音楽文化をそのまま受け入れるか、自国風に大幅に変化させてしまうかは、民族によって程度がまちまちである。ごく大まかにいえば、西ヨーロッパや中国は外からの文化をすばやく変容させながら吸収していく傾向が強く、それに加えて内的な欲求から革新的であったため、時代ごとに様式が大きく異なる結果となっている。これに対して、西アジア、南アジア、アフリカ、アメリカ(インディアン)、オセアニアの諸民族は、ごく近隣どうしの相互影響はあるにしても、遠い異文化からの音楽を容易には受けつけず、伝統に固守しながら、時代に応じてすこしずつ変化させる傾向が強かった。これら両極の中間に置かれるのが東南アジア諸民族と朝鮮、日本などである。日本の例でいえば、大陸から雅楽や仏教音楽を、そしてヨーロッパから近代音楽を受け入れたとき、積極的に異文化を忠実に見習おうとする姿勢がまず貫かれ、ある程度根を下ろしてからやっと自国風に消化して変化させるという傾向が感じられる。
 20世紀は交通、通信技術の目覚ましい発達を通じて、諸民族の音楽文化交流を促進してきた。なかでも顕著な傾向は、大衆音楽が世界的レベルで画一化されるかにみえることである。しかし、民族のアイデンティティは簡単には消えず、大衆音楽の分野でもヨーロッパ、アメリカ(黒人・白人)、西アジア、南アジア、東南アジア、東アジア、オセアニア、アフリカのそれぞれが、独自の様式を確立しつつあるのが現状である。これに対して芸術音楽では、ヨーロッパ由来のレパートリーが多くの国々で受け入れられ、いまでは非ヨーロッパ系の優れた演奏家や作曲家が輩出するようになってきた。この傾向と並行してインドやインドネシア(ジャワとバリのガムラン)の古典音楽を代表として、いわゆる「民族音楽」ブームが台頭してくる。このような音楽様式の多様性が現代の人類の音楽性の特徴となっている。[山口 修]
『ブラッキング著、徳丸吉彦訳『人間の音楽性』(1978・岩波現代選書) ▽ザックス著、皆川達夫・柿木吾郎訳『音楽の起源』(1969・音楽之友社) ▽ヴィオラ著、柿木吾郎訳『世界音楽史 四つの時代』(1970・音楽之友社) ▽マルム著、松前紀男・村井範子訳『東洋民族の音楽』(1971・東海大学出版会) ▽小泉文夫著『音楽の根源にあるもの』(1977・青土社)』

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