新定村(読み)しんじよむら

日本歴史地名大系 「新定村」の解説

新定村
しんじよむら

[現在地名]東条町新定

もり村の西、東条川中流域左岸に位置する。天正一九年(一五九一)一一月二〇日、豊臣秀吉役司駒井益庵が野里のざと(現姫路市)芥田五郎右衛門配下の金屋(鋳物師)七軒石火矢(大鉄砲)製造のための上洛を命じた書状(芥田文書)に「しんちやう金屋」がみえ、当地には鋳物師が居住していた。もとは落方おちかた村と称したが、領主収奪がひどく村民逃散、近世初頭に帰村して再興したと伝える(加東郡誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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