新田目城跡(読み)あらためじようあと

日本歴史地名大系 「新田目城跡」の解説

新田目城跡
あらためじようあと

[現在地名]酒田市本楯

庄内平野川北の中央部、標高一〇メートルにある城跡。一辺約一三〇メートルの不整方形に土塁と堀で囲まれた本丸遺存する。かつては東西約六〇〇メートル、南北約二〇〇メートルの不整長方形に外堀をめぐらす規模であった。保存のよい大物忌おおものいみ神社境内は中世を下らない城跡として県指定史跡。昭和五七―五九年(一九八二―八四)三回の発掘調査を実施し、土壙・溝・掘込み・埋桶・小柱穴などが多数検出された。出土遺物は土器陶磁器・石製品・木製品・金属製品・獣骨・種子など。八世紀中葉から一九世紀におよぶものであったが、出土量から主体は古代末と中世末にあることが判明した。

大物忌神社吹浦ふくら口之宮(現飽海郡遊佐町)の社記によると、寛治年間(一〇八七―九四)源義家が東征の際大物忌神に戦勝を祈誓して勝利を得たため、帰陣の途中須藤某を残留させ、出羽国留守所職に任じたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む