日沼 倫太郎
ヒヌマ リンタロウ
昭和期の文芸評論家
- 生年
- 大正14(1925)年7月3日
- 没年
- 昭和43(1968)年7月14日
- 出生地
- 栃木県下都賀郡
- 本名
- 生沼 正三(オイヌマ ショウゾウ)
- 学歴〔年〕
- 東海高等通信工学校卒
- 経歴
- 国際電気通信に入り朝鮮で勤務。第2次大戦後帰国、学校を出て逓信技官、電電公社に勤めた。かたわら評論活動に入り「文芸首都」「批評」などに執筆。昭和38〜39年「横光利一論」で評論家の地位を確立。他に「文学の転換」「現代作家論」「純文学と大衆文学の間」「病める時代」、死後刊の「我らが文明の騒音と沈黙」「自殺者の系譜」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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日沼倫太郎 ひぬま-りんたろう
1925-1968 昭和時代後期の評論家。
大正14年7月3日生まれ。「文芸首都」「批評」などで評論活動をはじめる。昭和38年「横光利一論」でその地位を確立し,独自の生活実感にもとづく批評を展開した。昭和43年7月14日死去。43歳。栃木県出身。国際電気通信講習所卒。本名は生沼正三。著作に「文学の転換」「病める時代」など。
【格言など】俺はキリをつけるのだ(最期の言葉)
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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日沼 倫太郎 (ひぬま りんたろう)
生年月日:1925年7月3日
昭和時代の文芸評論家
1968年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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