日本歴史地名大系 「日蔭村」の解説
日蔭村
ひかげむら
近世はおおむね日光領。寛文六年(一六六六)日光領総検地により、畑・屋敷のみ反別二三町六反余、高六七石余が確定(「検地帳」百目鬼彦四郎文書)、以後の高は変わらない。栗山一〇ヵ郷の一つとして、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
近世はおおむね日光領。寛文六年(一六六六)日光領総検地により、畑・屋敷のみ反別二三町六反余、高六七石余が確定(「検地帳」百目鬼彦四郎文書)、以後の高は変わらない。栗山一〇ヵ郷の一つとして、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...