明元寺(読み)みようがんじ

日本歴史地名大系 「明元寺」の解説

明元寺
みようがんじ

[現在地名]与板町与板 中町

なか町にある。浄土真宗本願寺派、大岩山と号し、本尊阿弥陀如来。創建は永禄四年(一五六一)開基は大岩次郎源明元と伝え、寺名も明元の名に由来するという。初めは信州大岩おおいわ(現長野県須坂市)にあり、川中島戦乱を避けて越後に移転。山号は旧地に由来すると伝える。越後における旧地は山沢やまざわ(現与板町)の字寺沢てらさわという。与板への移転年代は慶長一〇年(一六〇五)以前と考えられている(与板町史)。宝永三年(一七〇六)徳昌とくしよう寺の境内経歴図(徳昌寺蔵)によれば、徳昌寺門前から中町に出る北側角に「元明元寺」、現在地に「今明元寺」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む