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明石次郎 あかし じろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

明石次郎 あかし-じろう

1620-1679 江戸時代前期の織物研究家。
元和(げんな)6年1月16日生まれ。もと播磨(はりま)(兵庫県)明石藩士。寛文のころ妻子とともに越後(えちご)(新潟県)小千谷(おぢや)に移住。同地の平織りの技術を改良,縮(ちぢみ)織りをつくることに成功。小千谷縮の創始者といわれる。さらに縞(しま),絣(かすり)なども織れるようにした。延宝7年9月2日死去。60歳。姓は堀。名は将俊。

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朝日日本歴史人物事典の解説

明石次郎

没年:延宝7.9.2(1679.10.6)
生年:元和6.1.16(1620.2.19)
江戸前期に越後国(新潟県)小千谷に縮布の製織技術を伝えたとされる伝説的な人物。本名は堀次郎将俊明石次郎は通称。明石藩松平家の武士であったが,流浪の末に,寛文の初めごろ(1661年頃),小千谷地方に住みついた。小千谷では古くから麻布の生産が行われていたが,明石は緯糸に強い撚りをかける縮布を考案し,種々の縞や飛白模様の夏向き高級縮布を開発したといわれる。この17世紀後半以降,小千谷縮は高級麻布として三都でも声価を高めていく。功績を讃えて極楽寺(小千谷市)に建てられた明石堂では春秋2回,祭事が催されている。<参考文献>西脇新次郎『小千谷縮布史』,児玉彰三郎『越後縮布史の研究』

(谷本雅之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の明石次郎の言及

【小千谷縮】より

…また,伝統的工芸品の指定をも受け越後上布に次ぐ精品であり,越後縮ともいう。1670年(寛文10)播州明石の浪人,明石次郎こと堀将俊が当地で越後布を改良,縮地を創案したのが始まりで元禄年間(1688‐1704)に将軍家の御用縮に指定,武士の式服に制定。親藩諸侯,諸大名は端午の節句には菖蒲帷子(しようぶかたびら)と称し麻裃として用いた。…

※「明石次郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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