星川清晃(読み)ほしかわ きよあきら

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「星川清晃」の解説

星川清晃 ほしかわ-きよあきら

1830-1894 幕末-明治時代の国学者,神職。
文政13年2月18日生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩士江戸鈴木重胤(しげたね)に入門,のち同門の照井長柄(てるい-ながら)らをたすけて重胤の大著「日本書紀伝」を校訂した。明治9年出羽三山神社宮司となり,のち三山敬愛教会などを創始した。明治27年11月11日死去。65歳。初名は賢直(よしなお)。通称は文八。号は安良居(やすらい)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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