普光明寺(読み)ふこうみようじ

日本歴史地名大系 「普光明寺」の解説

普光明寺
ふこうみようじ

[現在地名]新座市大和田四丁目

柳瀬やなせ川東岸にある。福寿山と号し、真言宗智山派。本尊は不動明王。中世には当寺傍らを鎌倉街道といわれる古道が通っていた。観経玄義分見聞集巻中(前山氏蔵)の奥書には、正安三年(一三〇一)五月二二日の未刻、「於武蔵国新倉郡大和田郷普光明寺令書写了、沙門湛睿」とある。書物は浄土系のものであるが、書写した湛睿はのち金沢称名かねさわしようみよう(現神奈川県横浜市金沢区)第二代長老となった僧。この書物は弘安八年(一二八五)に鎌倉新善光しんぜんこう寺で書写され、上巻は現金沢かなざわ区の金沢文庫に現蔵される。徳治二年(一三〇七)に隆賢が記した当寺蔵の普光明寺本尊略縁起は、大同元年(八〇六)の草創とするが根拠に乏しい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む