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湛睿 たんえい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

湛睿 たんえい

1271-1347* 鎌倉-南北朝時代の僧。
文永8年生まれ。凝然(ぎょうねん),禅爾(ぜんに)らにまなぶ。下総(しもうさ)東禅寺(千葉県)の住持などをへて,武蔵(むさし)金沢(神奈川県)称名寺3世となり,関東での律や華厳(げごん)教学の普及につとめる。金沢文庫におおくの仏典の写本をのこした。貞和(じょうわ)2=興国7年11月30日死去。76歳。号は本如。著作に「華厳宗信解安心要文集」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

湛睿

没年:貞和2/正平1.11.30(1347.1.12)
生年:文永8(1271)
鎌倉末・南北朝時代の学僧。律僧で華厳学の大家であった。房名は本如房。23歳ごろには般若寺(奈良市)真円について戒律を学ぶ。正安2(1300)年以来,関東に住し,徳治1(1306)年には極楽寺(鎌倉市)で,延慶3(1310)年には称名寺(横浜市)で三宝院流の真言を学ぶ。正和2(1313)年,上洛して久米田寺(大阪府岸和田市)を拠点として凝然らについて修学に励む。文保2(1318)年10月には再び鎌倉に戻り,暦応2/延元4(1339)年に第3代称名寺長老となった。<著作>『華厳演義鈔纂釈』<参考文献>櫛田良洪『真言密教成立過程の研究』,納富常天「湛睿の事績」(『駒沢大学仏教学部論集』16号)

(松尾剛次)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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