コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

曹参 そうさん Cao Can; Ts`ao Ts`an

2件 の用語解説(曹参の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

曹参
そうさん
Cao Can; Ts`ao Ts`an

[生]?
[没]恵帝5(前190)
中国,前漢の高祖の功臣。慣用として「そうしん」とも読む。沛 (はい。江蘇省沛県) の獄吏であったが,劉邦が挙兵すると,これに従い,各地で軍を破って功を立て,漢の統一に貢献したため,劉邦即位後の論功行賞では,斉王劉肥の相国となり,平陽侯に封じられた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

そうさん【曹参 Cáo Cān】

?‐前190
中国,漢の高祖の功臣。沛(はい)(江蘇省沛県)の人。沛県の獄吏であったが,劉邦が挙兵すると彼に従って各地を転戦。漢の天下統一後は斉王の相となり,平陽侯に封ぜられた。蕭何(しようか)が死ぬと漢の相国(宰相)の職を継いだが,すべて蕭何の定めた規約に従い,一事として変更することはなかった。その政治は,道家の精神により清静無為を尊び,言辞は正道,人民は休息を得て,賢相とたたえられた。【永田 英正】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の曹参の言及

【黄老】より

…《漢書》芸文志には黄帝の名を冠した書物が多く著録され,1973年,馬王堆漢墓から《老子》とともに出土した帛書(はくしよ)のなかにも黄帝書と思われるものがある。《史記》には,戦国の申不害の学問は〈黄老に本づく〉とか,慎到,田駢(でんべん),接子,環淵たちは〈黄老道徳の術〉を学んだとかいい,また河上丈人から曹参(そうさん)まで7代にわたる黄老学の伝承の系譜を記録している。しかし〈黄老〉と熟した用例は《史記》以前の文献にはなく,その史実性は疑わしい。…

【山東[省]】より

…漢代に,さまざまな学術文化が復興してきたとき,その基盤となったのはこの斉・魯に伝えられたものであった。当初は治世の原理は儒教にではなく,無為隠静を旨とする黄老(黄帝,老子)の説に求められたが,それを推進したのは,高祖のとき,斉の大臣として地元に伝わる黄老の説に従って善政を行い,恵帝のときに丞相に採用された曹参であった。また武帝以後は,儒教が国家治世の原理として圧倒的な勢力をもつようになるが,その草創の時期に丞相として力を尽くした田蚡(でんふん)(?‐前131)は斉に封邑をもつものであり,つづいて最も功績のあった公孫弘は斉の菑川(しせん)の出身であるなど,斉との関係が深かった。…

※「曹参」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

曹参の関連キーワード韓信周勃蕭何劉邦周亜夫樊噲六韜三略良平清江(中国江蘇省)

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

曹参の関連情報