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丞相 じょうしょうcheng-xiang; ch`êng-hsiang

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

丞相
じょうしょう
cheng-xiang; ch`êng-hsiang

中国の官制。天子を補佐し,天下の政務をとる高官。戦国時代の秦の武王が武王2 (前 309) 年に設けたのに始り,魏,燕などもおいた。始皇帝は国政を担当させ,相国 (しょうこく) と尊称した。漢代にもおかれ,後漢では一時廃止され,三国時代に復活。

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デジタル大辞泉の解説

しょう‐じょう〔‐ジヤウ〕【×丞相】

じょうしょう(丞相)

じょう‐しょう〔‐シヤウ〕【×丞相】

《「丞」も「相」もともに助ける意。古くは「しょうじょう」》
古代中国で、天子をたすけて国務を執った大臣。戦国時代から設けられた。宰相。
大臣唐名

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百科事典マイペディアの解説

丞相【しょうじょう】

中国の官名。〈じょうしょう〉とも読む。戦国時代,秦の武王のとき初めて左右丞相が置かれた(前309年)。漢は1丞相制をとり,魏晋以後は非常時に臨時に置かれ,南宋・元に及んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

しょうじょう【丞相 chéng xiàng】

旧中国において天子を補佐する最高の大臣を宰相と言うが,歴代その名称を異にする。丞相(〈じょうしょう〉とも読む)はその一つで,秦・漢に始まり,六朝を通じて,おおむね丞相が宰相の名であった。もし2人なる時は,左丞相が上で右丞相を下とする。唐になって三省の長官,中書令,門下侍中,尚書左右僕射を宰相とし,丞相を置かない。のち三省を合わせて同平章事を設けて,宰相の事をつかさどらせ,これが北宋の中期に及んだ。神宗の時,改めて左右僕射をもって宰相とし,南宋に入ってこれを左右丞相と改めた。

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大辞林 第三版の解説

しょうじょう【丞相】

じょうしょう【丞相】

〔古くは「しょうじょう」〕
中国で、天子を補佐して政務を処理した最高の官。戦国時代からみえ、明初に廃された。
大臣に相当する唐名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丞相
じょうしょう

中国前近代、天子を補佐して宰相の任にあたる高官名。春秋戦国時代にこの種の官はあったが、制度が成立したのは秦(しん)代であり、始皇帝は左・右丞相を置き、その上に相国(しょうこく)を置くこともあった。漢はこれを受け、ときとして相国、または(大)司徒と改称したこともあったが、1人ないしは2人の丞相を置いた。唐代では三省の制が完備したためとくに置かれず、南宋(なんそう)の時代に復活したが、明(みん)代の初めにふたたび廃止された。[尾形 勇]

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世界大百科事典内の丞相の言及

【宰相】より

…秦・漢以後は官僚制度の上で最高責任者を意味する。秦・漢時代は中央政府最高官として丞相,太尉,御史大夫が置かれ,軍事をつかさどる太尉(一時大司馬という),監察官の御史を統率する御史大夫(のち大司空という)に対し,皇帝を輔佐し政務を総攬し百官を統率する丞相がまさに宰相に相当していた。前漢末に丞相・大司馬・大司空の3官が宰相職を三分したときにいわゆる三公制が行われたことになる。…

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