曾我野浦(読み)そがのうら

日本歴史地名大系 「曾我野浦」の解説

曾我野浦
そがのうら

[現在地名]中央区蘇我町など

江戸湾沿いに置かれた湊。元禄三年(一六九〇)の幕府廻米津出浦々河岸之道法并運賃書付(徳川禁令考)登戸のぶととともに曾我野浦とみえ、海上一〇里の江戸まで運賃は米一〇〇石に付き一石一斗。延宝二年(一六七四)徳川光圀房総から鎌倉に渡るとき、曾加野村で休憩しており(甲寅紀行)当浦から乗船したと考えられる。「下総国旧事考」には旗亭が多く、船の仲買人もいると記す。安永(一七七二―八一)末頃の絵図(渡辺家蔵)では、海岸線と直交して澪が描かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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