曾谷寿仙(読み)そだに じゅせん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「曾谷寿仙」の解説

曾谷寿仙 そだに-じゅせん

1546-1614 織豊-江戸時代前期の医師
天文(てんぶん)15年生まれ。曾谷慶祐(けいゆう)の子。天正(てんしょう)14年法印となり,豊臣秀吉腫瘍(しゅよう)をなおす。慶長16年後陽成天皇の潰瘍(かいよう)を治療し,慶法院の称号をあたえられた。慶長19年11月8日死去。69歳。通称は洞庵。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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