鎌倉七口の一つ。鎌倉と武蔵国
「吾妻鏡」によれば、仁治元年(一二四〇)一一月三〇日、幕府は鎌倉―六浦間の道路建設を決定し、御家人らに分担を命じて明くる年三月以後に工事を開始することにし、四月五日から執権北条泰時監督のもとに着手したが工事は難航し、五月一四日にはついに泰時自身が現場に出向き、みずから馬で土石を運んだという。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...