木下吉隆(読み)きのした よしたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下吉隆」の解説

木下吉隆 きのした-よしたか

?-1598 織豊時代武将
豊臣秀吉家臣馬廻(うままわり)組頭として重用され,豊後(ぶんご)(大分県)に3万5300石をあたえられる。文禄(ぶんろく)4年豊臣秀次(ひでつぐ)に謀反(むほん)ありとされた事件に連座して失脚,薩摩(さつま)(鹿児島県)の島津義弘(よしひろ)にあずけられ,慶長3年3月20日流刑地で自殺。名は吉俊,吉種とも。通称は半介。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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