マルティンス(その他表記)Martins, Joaquim Pedro de Oliveira

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マルティンス」の意味・わかりやすい解説

マルティンス
Martins, Joaquim Pedro de Oliveira

[生]1845.4.30. リスボン
[没]1894.8.24. リスボン
ポルトガル写実主義を代表する文学者,歴史家。 14歳で父を失い,商業に従事。鉄道会社の取締役,ポルトガルの商・工業博物館館長をつとめ,下院議員,蔵相を歴任。彼の歴史書は史実に基づいたものよりも創作的で劇的な表現に富み,また実証主義,社会主義,共和主義などの教条に満ちている。文学の面では,カモンイスおよびポルトガルのルネサンス研究などに寄与主著ヘレニズムとキリスト教文化』O Helenismo e a Civilização Cristã (1878) ,『イベリア文化史』 História da Civilização Ibérica (79) ,『ポルトガル史』 História de Portugal (79) ,『現代ポルトガル』 Portugal Contemporâneo (81) 。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「マルティンス」の解説

マルティンス Martins, Pedro

?-1598 ポルトガルの神父
1556年イエズス会に入会。エボラ大教授,インド管区長などをへて,第2代日本司教となる。文禄(ぶんろく)5年(1596)来日し,豊臣秀吉謁見。翌年長崎で二十六聖人殉教を目撃して離日。インドへむかう途中,1598年2月13日マラッカ沖で病死

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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