木下応受(読み)きのした おうじゅ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下応受」の解説

木下応受 きのした-おうじゅ

1777-1815 江戸時代後期の画家
安永6年生まれ。円山応挙次男円山応震の父。母方の祖父木下萱斎の養子となって木下家をつぐ。父の画風をうけついで一家をなし,長沢蘆雪(ろせつ),森徹山らとともに応挙門の十哲と称された。文化12年9月6日死去。39歳。字(あざな)は君賚。通称は直一。別号水石

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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