本敬寺(読み)ほんけいじ

日本歴史地名大系 「本敬寺」の解説

本敬寺
ほんけいじ

[現在地名]福光町祖谷

信末山と号し、真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。長享元年(一四八七)専乗の開基という(貞享二年寺社由緒書上)。天文二一年(一五五二)一〇月二七日の五箇山衆連署申定(生田家文書)にみえる下梨(しもなし)(現平村)の図書了歓は本敬寺下で、当寺は五箇山(ごかやま)に教線を張っていた。慶安三年(一六五〇)礪波郡山田(やまだ)郷延末(のぶすえ)(信末)村(現城端町)にある時に木仏御免となり、寛文元年(一六六一)に聖徳太子・七高僧の絵像を与えられた。


本敬寺
ほんきようじ

[現在地名]秋田市下浜長浜字荒郷屋

長浜のほぼ中央にある。真宗大谷派、安宅山と号し、本尊は阿弥陀如来。

寺伝によれば、本敬寺を開いた道受坊は越前国で一万八千石を領した朝倉道景とされる。道受坊は蓮如に帰依し、加賀国能美(のみ)郡安宅(あたか)浦(現石川県小松市)に開基創建という。天正三年(一五七五)四世受賢の時、織田信長の一向宗門徒弾圧を逃れて勝平浦(かつひらうら)(現秋田市新屋町)に着き、翌年羽川孫市の領地荒郷屋(あらごうや)村に移住した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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