本郷五丁目代地(読み)ほんごうごちようめだいち

日本歴史地名大系 「本郷五丁目代地」の解説

本郷五丁目代地
ほんごうごちようめだいち

[現在地名]千代田区外神田(そとかんだ)一丁目

幕府講武所付(ばくふこうぶしよつき)町屋敷の北側に位置する片側町。西は本郷六丁目代地、東は往還を挟んで神田仲(かんだなか)町一丁目。文政一〇年(一八二七)七月本郷五―六丁目(現文京区)の東側が火除地となって収公されたため、筋違(すじかい)御門外の火除地通称加賀(かが)原の北側に代地を与えられた(武江年表)。


本郷五丁目代地
ほんごうごちようめだいち

[現在地名]文京区本郷四丁目

本郷四丁目代地の東に位置する。通りを隔てて北は本郷菊坂(ほんごうきくざか)町、南は旗本屋敷、東は持組屋敷。元禄一〇年(一六九七)本郷五丁目西側南木戸際の地主仁兵衛の所持地一〇坪余が御用地として召上げられたため、その代地として当地に一四坪余を与えられて成立。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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