杉ヶ沢遺跡(読み)すぎがさわいせき

日本歴史地名大系 「杉ヶ沢遺跡」の解説

杉ヶ沢遺跡
すぎがさわいせき

[現在地名]関宮町出合、大屋町筏

大屋(おおや)川と八木(やぎ)川に挟まれた氷(ひよう)ノ山から東へ延びる尾根上に位置する旧石器時代から縄文時代および古墳時代・平安時代の集落遺跡。この尾根上の標高七五〇―八五〇メートルにかけては約三〇〇ヘクタールの高原(杉ヶ沢高原)が広がり、その中央には沼沢地があって、それをめぐって三三ヵ所の遺物散布地が確認される。遺跡の中心は縄文早期初頭から中期中葉で、その間も断続的に営まれている。昭和四四年(一九六九)に発見され、同四五年に一二ヵ所の試掘調査、同五一年には第一三地点・二九地点の発掘調査、同六三年に確認調査、翌平成元年(一九八九)に第一〇地点・一三地点・一五地点・二〇―二一地点の発掘調査、同二年に第三三地点の確認調査が行われ、平成元年の調査が最も広い面積の発掘であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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