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杉浦国頭 すぎうら くにあきら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

杉浦国頭 すぎうら-くにあきら

1678-1740 江戸時代中期の国学者。
延宝6年8月12/23日生まれ。遠江(とおとうみ)(静岡県)浜松の諏訪神社大祝(おおはふり)(神職)。荷田春満(かだの-あずままろ)に入門,春満の姪(めい)真崎と結婚。国学を遠江,三河にひろめた。門人に賀茂真淵(かもの-まぶち)。元文5年4/6月4日死去。63歳。本姓は渡辺。初名は忠成。通称は大学。号は志水。著作に「伊勢物語講義抄」「日本書紀神代巻講義抄」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

杉浦国頭

没年:元文5.6.4(1740.6.27)
生年:延宝6.8.12(1678.9.27)
江戸中期の歌人。浜松諏訪神社の神主。浜松の医師渡辺周顕(号竹庵)の次男。初め忠成,のち大学,号志水。6歳のとき養父杉浦忠義の跡を継ぎ,浜松諏訪神社の大祝となった。社殿修復願のためにたびたび江戸に出たが,26歳で荷田春満に入門。27歳のとき,春満の姪雅子(のち真崎)と結婚。春満はその縁もあって浜松に寄ることがしばしばあり,その指導によって浜松に歌道が振興し,国頭はみずから和歌会を開いてこれに貢献した。また甘露寺,神立社,竜禅寺,臨江寺などの雅遊を主宰,57歳のとき舎人親王一千年祭を挙行,尽敬会を結成した。門人に賀茂真淵,斎藤信幸ら。生年には8月23日説もある。<参考文献>内山旭「杉浦国頭の生涯」(『国学者研究』)

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の杉浦国頭の言及

【賀茂真淵】より

…32年実父政信が没したのち,梅谷家を出て学問の道にすすむ。真淵は11歳より,荷田春満(かだのあずままろ)の門人杉浦国頭(くにあきら)について手習いをはじめる。22年に春満は江戸下向の途中,杉浦家に滞在,このとき真淵は春満に会っているはずである。…

※「杉浦国頭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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